ポケットの中の恋人

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ポケットの中の恋人

 ポケットの中で重ねた彼の手は、冷たくて、少しザラっとしていた。 「ごめんな」  申し訳なそうにヒロくんが言う。 「何が?」  思わず聞き返した。 「ぼくの手……」  言葉はそこで途切れた。  口数が少なくいつも猫背の彼。  手が、なんだろう?  冷たいことと、乾燥肌を気にしてるのかな?  黙って重ねた手に、指を絡める。  彼は照れたように小さく笑い、優しく握り返してくれた。  そんな些細なことで。  この人と一緒になって結婚して、一緒に暮らしていくのかなと、ぼんやり考えていた。    一年後。  頬杖をつきバスの窓から外を眺める。  街路樹の葉は全て落ち、冬の訪れを告げていた。  横並びで座って、寒い寒いって言った私の手を、ポケットにお招きしてくれて。  きっと精一杯の勇気を振り絞ってくれたのね。  でもあなたの手は、私より冷たくて。  思い出して少し笑った。そして泣いた。
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