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中野先生のおうちを出たのは、16時過ぎ。
ご家族の方にもきちんとあいさつをして、少し歩く。
「先生、随分と穏やかだったなぁ」
誰に言うとでもなく、谷山さんが言った。本当に、自然に出てきた言葉のように感じた。
「そうね……」
空を見上げて、拓人さんが返事をする。
「…?」
ふたりのやりとりを、私は不思議に思った。
拓人さんも、谷山さんも、なんだか言葉に迷っているというか、何をどう話していいのか……それとも、口にしてはいけないのか……とても迷っているような雰囲気。
そのまま、私たちは住宅街の入口に当たる、大通りまで歩いた。
ふと顔を上げると、見覚えのあるSUVが路上駐車できる場所に停車している。あ、フェイドラさん、来てくれたんだ。
「タニさん、この後の予定は?」
「ああ、このあと、渋谷で生徒のレッスンが入っているんだ。まだ時間はあるんだがな」
「じゃ、渋谷駅まで一緒に乗って行きましょう」
いつものSUV、助手席に私が乗って、後部座席には拓人さんと谷山さんが乗る。私たちがシートベルトを締めたことを確認すると、フェイドラさんは静かにクルマを発進させた。
だいぶ陽も暮れてきた。街なかの灯りが、そのことを示している。
車内は、誰もしゃべらず……渋谷駅まで。
谷山さんは、クルマを降りる時、
「また連絡するわ。送ってくれてありがとな」
と、ひとことだけ言って、雑踏の中へ紛れて行った。夜の渋谷駅周辺、いつも通りに混雑しているなぁ。
「マスター、夕食はどうされますか?」
クルマを再スタートさせる前に、フェイドラさんが言った。拓人さんは、少し考えてから、
「葉月さん、何か食べたいもの、ある?」
と聞いてくる。私も少し考えたけれど、やっぱり、コレしかなかった。
「……フェイドラさんの作ったものが食べたいな……」
「あら、同じね」
務めて明るく返事をしてくれているような感じがした。それを聞いたフェイドラさんの表情が少し、嬉しそうになるのも見て取れる。彼はギアを入れ直し、アクセルを踏み込むと、クルマは軽く振動して、再び走り出した。
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