2人が本棚に入れています
本棚に追加
「中野先生にはねぇ、とにかくお世話になったのよ」
帰宅して、フェイドラさんが夕食を準備してくれている間、拓人さんと私はリビングで話しをしていた。
「私がタニさんの紹介で、こちらでうたう仕事を始めて、しばらく経ってからかしら、とある作品の挿入歌をうたうことになってね、その曲を作ったのが、中野先生だったの」
「へ~!」
拓人さんは、中野先生との仕事のお話しを、とても懐かしそうに話しをしてくれる。
拓人さん、とにかく色々なエピソードを持っている。
特に彼の外見を見ると、最初に会う人たちは一瞬、驚きを隠せないのは、誰でも同じことのようで、さらに話しをしてみると、この言葉遣いだから、そのギャップにも驚かれることもしばしば。中野先生も、そんなおひとりだったようだ。
多数のうたい手さんたちと合同のライブ時の話しとか、レコーディングにふらりと現れた中野先生とのエピソード……思い出しながら…それらは、彼自身の回顧録のようにも思えてくる。
「あなたは、うたう声がとても心地よいってお褒めいただいた時は、本当に嬉しかったわ」
「拓人さんの声、私も大好きですけれど、中野先生は音のプロだもんね。そりゃまた違う、うたい手さんとしてのうれしさって、あるんでしょうねぇ」
などと話しをしていると、フェイドラさんが、
「マスター、お嬢。夕食、出来ましたよ」
と、声をかけてくれた。
テーブルの真ん中にはお鍋。その中にあるのは、白菜、キムチ、豚肉、長ネギ、おとうふなどなど。
「わーい、キムチ鍋!」
「今日は冷えましたからね。メインは、キムチ鍋です」
「いいわねー」
他にも、温野菜サラダ、浅漬け、レンコンのきんぴらなどなど。今日は和食メイン。ホント、フェイドラさん、器用だよねぇ。
「まさか、このキムチ、フェイドラさん、漬けたんじゃないよね?」
「ああ、本当は漬けたいのですが、今日は、商店街で韓国料理を経営している方からいただいたものを使っています。おいしいですよ」
あったかい鍋物は、心の中もあたたかくしてくれる。
中野先生のおうちから戻ってくるときから、どことなく元気がないように思えた拓人さんも、お鍋から上がる湯気に、表情を緩めたみたいだ。
「あったかいうちにいただきましょう」
「いただきまーす」
最初のコメントを投稿しよう!