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(骨折どころじゃない、かも)
視界の彩度がゆっくりと落ちていき、意識が遠のくのを感じる。
ビリーはなけなしの力を振り絞り、皇帝の玉体をできるだけ慎重に地面に横たえた。ちょっと手が滑って頭を石畳にぶつけてしまった音がした気がするが、おそらくきっとたぶん気のせいだろう。
「……きれいな顔」
思わずビリーの口からそんな感想がこぼれていた。
初めて見る皇帝の顔は、意外なほどに若かった。二十歳前後、ビリーとそう変わらない年頃に見える。叙任式の時は、この国の主神である犬神を模した仮面を被っていた。
神が手ずから作ったかのように、完璧なパーツが薄い褐色の肌の上に一分の隙もなく配されている。特に扇のように広がった長い睫毛と、意志の強さを窺わせる唇が印象的だった。目蓋が開いたところも見てみたい、と思わずにいられない。
不意に、ビリーは自分の中でぷつりと糸が切れるのを感じた。ぐらりと身体が前にかたむく。
――ああ、皇帝陛下の上に倒れ込むなんておそれ多い。
意識を失う直前にそんなことが頭をよぎった。
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