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1-2 現実は非情で奇なものである
もっとおそれ多いことが起こった。
「皇帝直属の近衛騎士兼恋人にしてやる。だから俺を手伝え」
おそれ多すぎて現実だとは――というか仮に現実であるなら頭打って皇帝がおかしくなったとしか――思えない。
つまり、これは夢だ。
そう結論付け、ビリーは固く目蓋を閉じた。
ありえるはずがない。どこがどのようにねじ曲がったら、「広いベッドの上で皇帝陛下に抱きしめられながら口説かれる(?)」という未来に辿り着くのだろう。
そもそも、空から皇帝が落ちてきたこと自体がおかしい。あそこから夢だったのではないか。
事実、皇帝を受け止めた時に負った痛みがない。自分の見立てでは、少なくとも骨折はしていた気がする。
それが綺麗さっぱりなくなっていた。代わりに、何か温かく気持ち良いものが身体中を巡っている感覚があるが、さほど気にすることでもないだろう。きっと気のせいだ。
少しサボり癖のある一介の騎士に過ぎない自分が、現人神であるアズール皇帝陛下と接点を持つわけがない――
「なぜいつまでも眠った振りをしているのだ」
聞いたことがなくもない声が聞こえる。叙任式で聞いたのは仮面越しだったせいか、もっと冷淡でくぐもった感じだった。
聞き取りやすく耳に心地良い低音には天性の品があり、無条件で頭を垂れたくなるような響きに満ちている。
ビリーは諦めて、おそるおそる目蓋を持ちあげる。
目の前には、見たいと願った顔があった。
意識を失う前に見た姿はどちらかといえば中性的な印象だった。だが開かれたアーモンドアイは凛々しく、今日の空のような澄んだ青色の瞳は冷厳な光をたたえている。
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