第1章 風使いの不忠騎士と癒しの手を持つ獣人皇帝 1-1 空から降る花と皇帝

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第1章 風使いの不忠騎士と癒しの手を持つ獣人皇帝 1-1 空から降る花と皇帝

 死ぬほど面倒くさいものを見てしまった。  城内を巡視中だった騎士のビリー・グレイは、重苦しいため息をつきながらブーツの踵に手をかざした。足の裏で透明感のある緑色を帯びた風がぐるぐると渦巻く。緑の風が車輪のような働きをしてビリーの身体を高速で滑らせる。  向かう先は自国の皇帝の推定落下地点。  空から皇帝が落ちてきた。  比喩でもなければ妄想でも白昼夢でもない。  本当に皇帝が空から落ちてきていた。  色とりどりの花びらをともない、湖水のように澄んだ青空から落下する姿は、夢のように幻想的ではあったが。  ビリーが皇帝を直接目にしたのは騎士の叙任式の時の一度だけ。  だが見間違えるはずがない。  背の半ばほどまで伸ばされた、夜をそのまま糸にしたかのような深い藍色の髪。髪と同色の被毛に覆われ、鋭い爪の生えた手。手と同様に被毛の生えた、顔のラインに沿って垂れる長い耳。長く艶やかな飾り毛を持つ尻尾――それが、カダル帝国獣人皇帝、アズール陛下の御姿だ。 (いまさら見なかったこと――にはできないかぁ。今日は別の所にしとくんだった)  周囲にはビリーの他に人影はない。巡視にかこつけて人気のない場所でサボろうとしていたのがあだになった。面倒を避けようとして、さらに何倍もの大きな面倒に遭遇するなんて今日はついていない。
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