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軽すぎた消しゴム
その事件が報道された時、きっと見ていた人はみんな思ったことだろう。
「は、馬鹿じゃない?」
「作り話にしても、もう少しうまい方法なかったわけ?」
「ないないないない、ゴジラが現れるよりもないわー」
「つまんね」
「いやあ、現実味なさすぎて、怖いとかなんとか言われてもねえ……?」
それもそうだろう。だって、僕だって思ったのだから。いくらなんでもありえない。そんなこと、ラノベでさえ聞いたことがないと。
だってそうだろう。
巨大な消しゴムが突如現れて、突然人を消すようになった――なんて。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
実際に、見るまではとても信じられなかったことだ。
その日僕は小学校の校庭で、友達とドッジボールをしていた。突如響き渡った悲鳴にぎょっとして振り向いた瞬間、その姿を目撃してしまったのである。
「あ、あああ、あ……」
それは誰がどう見ても、巨大な消しゴムだった。
大手消しゴムメーカーのロゴが刻まれた青いカバー。ぶよぶよとした四角い体。先端は削れたせいか丸く湾曲していて、僅かに灰色に変色している。そして、とこどころ消しゴムの消しカスがくっついている――。
「に、逃げろ!」
ニュースで見ている。あの消しゴムがこれから何をするのかなんて、みんなが知っている。
校庭で遊んでいた子供達は、阿鼻叫喚の有様で校舎に逃げこもうとした。しかし、みんなで一斉に靴箱に殺到したら、そりゃ渋滞が起きるのは明白である。
何より、慌てていれば転ぶ子供が出るのも道理。案の定僕のクラスの女の子が一人、思い切り転んでしまったのだった。
「サナちゃん!」
僕が声をかけるも、既に遅し。顔面を強打して、鼻血を流しながら苦しむ彼女の背に、もう消しゴムは迫っていたのだから。
「あ、あああ……」
消しゴムが、彼女の頭にくっついた。そして、ごりごりごりごり、とまるで削るように彼女の頭をこすり始めたのである。
「た、たすけ、て」
消えていく。サナちゃんの絶望的な顔と共に、全てが。
消しゴムが擦るたび、彼女の頭は削れていった。頭も、首も、背中も、みんなみんな。それこそ絵を消すように消えていき、代わりにサナちゃんの足元には消しゴムの滓が量産される。
女の子が、消しカスにされていく。その姿を、僕らはガタガタと震えながら見つめるしかなかった。そして。
「き、消えたく、な……」
削られながらも生きていた彼女の泣き顔が、完全に空中に溶けて失われてしまった。すると、満足したように消しカスとともに消しゴムが消えていく。すーっといなくなっていくそれを見て、安堵のため息をついたのは誰だっただろう。
消しゴムが現れる法則も、消える法則も何もわかっていない。ただ、一人を消して終わりの時もあれば、何人も消していく時もあるそうなのだ。
「なんで……」
隣の男の子が呟いた言葉に、誰も返事なんてすることができなかった。
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