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「与田、大丈夫か」
「礼明女子で待ち伏せする? 俺らついてくし」
「でも待ち伏せって怖くね? ストーカーじゃん」
「中本んち鍵屋だろ、黒センの引き出しピッキングできないのかよ」
「それ犯罪!」
与田の机に集まり、あれやこれやと今後の策を練る。何もできないことはわかっていても、諦めきれないのだった。二週間も連絡が途絶えたら、遊びだったとブロックされる可能性だってある。与田、あんなに頑張ってここまできたのに……。
オレらは与田がどれだけこの恋に賭けていたか知っている。メッセージの送り方も数少ない彼女持ちの洋平に聞いていたし、写真を交換するときは、写真部の増田の徹底指導のもとみんなで協力して、休み時間に感じのいい奇跡の一枚を撮った。ファッションアプリでサッカー部の本多にいろいろアドバイスをもらった。家が美容室をやってる一光にヘアアレンジのやり方を教えてもらって実践した。なんでも素直に勉強して頑張る与田は、オレらの心を一つにしたんだ。与田の恋愛成就は、もはやみんなの願いだった──。
そのとき、輪の中心でポケットの中に手を突っ込んでいた与田が、ポケットから手を出し高らかに掲げた。
「ぉおーー!」
「すげぇ! なんで?!」
「天才かよ!」
ギャラリーにどよめきと歓声が広がる。掲げられた手には、薔薇色の青春があった。黒センに没収されたはずの、与田のスマホが。
「後田が、身代わりになってくれんだよ……」
みな、一斉にオレを振り返る。
「お前ってやつは!」
「ナイスプレー!」
「さすが野球部!」
「名犠牲フライヤー!」
数人がやってきて、オレの頭をぐしゃぐしゃにかきまわしていく。黒センが教卓に手をつき下を向いている隙に、オレは自分のポケットのスマホを与田に渡したのだ。オレのなら熱心にメッセージしてくるのは母ちゃんくらいのもんだし、さほど困ることはない。与田の恋と薔薇色の青春のためなら、多少の犠牲もやむなし。犠牲フライ万歳。
「で、さっきのってマイちゃんからじゃないの?なんだって?」
みなが頭を寄せ合い、与田がメッセージ画面を開く。
『二人きりはちょっと。ムリ』
さっきまでの盛り上がりが嘘だったみたいに、一人、また一人と与田の席から離れ、与田の机の上に飴玉やうまい棒、パックジュースが置かれていく。オレらも残念だけど、一番ショックを受けているのは与田だろう。与田は頑張った。今回は、相手が悪かっただけだ。与田の良さをわかってくれる子は必ずいるし、少なくとも与田の頑張りは、オレらに希望を与えた。ありがとう与田。また次頑張ればいい。オレらだって頑張るからさ。
そのすぐあと、スマホの画面を見て背中を丸くしていた与田が「あっ」声をあげた。
『何人かで遊びに行くんだったらいいよ』
駆け寄ったオレらはその画面を見るやいなや、大騒ぎだった。
『3対3でどう?』
犠牲フライにより繋がった攻撃打線。一塁に与田。ツーストライク、ツーアウト。なるか与田のホームイン。続けるか江振工業機械科打線。願わくはサヨナラ安打。否。特大サヨナラホームラン……!
さぁ、与田に続いて塁に出るのは誰か。
一つになったと思った教室は、残り二席を賭けた熾烈なスタメン争奪戦へと打って変わった。最低でもベンチ入りは果たしたい……負けるわけにはいくものか!
与田のポケットの中は、薔薇色の青春へと繋がっている。
<了>
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