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「なんだここ……」
埃っぽく、壁にはシミができている。周辺には地図や資料のようなの物が散らかり、お世辞にも綺麗とは言い難い。
「さあさあ座って~」
机と椅子が対面のように並べられている。教室にも置いてある、普通のものだが……。
「じゃあ活動を始めよう」
「はぁ」
「人魚は、なんで泣いたのだと思う?」
「……え?」
「もー。あれだけ話したのにもう頭から抜け落ちたの?海がしょっぱい理由だよ。どんどん掘り下げていくの!」
そんなこと掘り下げて、何の意味があるんだ。
「そんなの、悲しいことがあったからじゃないの」
「え~? それ本気で言ってる?」
田畑さんは外国人のように大げさに「はぁ」と肩をすくめると、指をピンと立てた。
「青木くんはどういう時に泣くの?」
「……悲しい時」
「確かに悲しい時涙は出るよね。でも考えてみて。怒った時、嬉しい時にも、涙って出るよね」
「まぁ、そうだな」
「なんなら、玉ねぎを切ったり欠伸をした時にも、涙って出てくる。不思議だと思わない? 感情が喜怒哀楽、どれかに振り切ったら涙って出てくるし、何か刺激があれば、感情と関係なしに涙って出てくるんだよ」
「そうだな」
「だから、人魚はどうして大海を作るほど泣いたんだろう。どういう感情だったんだろう。青木くんの言うように悲しいことがあって泣いたのかもしれない。何か嬉しいことがあったのかもしれない。怒りだって湧いていたのかも。それとも、永遠に玉ねぎを切ることになって感情は関係ないのかもしれない。いや、永遠に玉ねぎを切らされることになったら怒りだって湧くか」
へへへ、と笑う。
「海が塩水なのは人魚の涙ってのは固定なんだな」
「え?」
「他の理由はなしというか、人魚ってのは決定なんだなと思って」
「決まってんじゃん。そんなの、そう考えた方が、面白いじゃん!」
――そう考えた方が、面白いじゃん!
言葉を、失う。
やっぱり田畑さんって……。
「いつだって面白いことを考える方が、楽しいからね」
「……そう、だな」
それ以上何も言えなくなって俯いてしまう。
「じゃあ続きを考えて行こう!」
ノートとペンをカバンから取り出し、表紙をめくって「涙」と中央に記した。
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