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「悲しい時に泣いてしまったとして、なんで泣いたのかな」
「好きな男に振られたから、とか」
「なるほど、恋する人魚。悪くないね。他にないかな」
枝を伸ばし、失恋、と記入する。
「宝物をなくしてしまった、とか」
「宝物か~。具体的に何?」
「……宝石とか、金貨とか?」
「う~ん、その答えは微妙だな。そんな理由で海になるとは思えない」
宝石や金貨……物では田畑さんの基準には達しない。だとすると。
「じゃあ、誰か大切な人を亡くしてしまった、とか」
「……大切な人を亡くす、ねぇ」
「ああ、やっぱり違う理由な気がする。代々伝わる海の秘宝を壊したとか……」
「大切な人を亡くしたら、涙って出るのかな」
「……え」
茶色く丸い瞳にじっと見つめられ、吸い込まれそうになる。
「青木くんにとって大切な人って誰?」
「そりゃあ……家族とか友達とか……」
「その人が亡くなったとして、青木くんは、泣くの?」
「たぶん、泣くと思う」
「でもその涙ってさ、その人が死んで悲しいというよりさ、大切な人が亡くなった自分がかわいそうで泣いてるんじゃないかな」
「そんな……もう二度とその人に会えないんだから、その人のことを思って泣くもんじゃないのか」
「ほら。それ。もう二度とその人に会えない自分がかわいそうなんでしょ。死ぬなんて、もっとあんなことしていたらよかった、とか自分の事を思っての後悔でしょ。人間って利己主義で、大切な人が亡くなって、その人を思って泣くことなんて、ないんじゃないかな」
「そう……なのか」
「そうだよ」
そう断言されると、もう何も言えなくなってしまう。
「まぁそんなこと言ってたら、悲しいことの理由全てが利己的になるし、話が進まなくなるね。やめよ。大切な人が亡くなって泣くのって、可能性としては高いし、悪くないんじゃないかな」
カラッとした笑顔に、俯いてしまう。
「悲しいこと」から枝が伸び、「大切な人が亡くなる」と記された。
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