第5話

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第5話

「だって、従者の方と殿下が二人で話してるのを聞いたんですもの。自分たちの目的は、聖女をレランドに連れ帰ることだって!」  彼女は真っ直ぐな黒髪によく似合う黒い目で、呆れたようにため息をついた。 「で、ルディも口説かれたのね。それでようやく分かった」 「私はあんな方に口説かれるような隙も見せてないし、たとえそうであったとしても、簡単になびいたりしません」 「それで怒ってるんだ」 「だから、そうじゃないってば」 「昨日からルディは、リシャールさまのことばかりなんだもん」 「……。それは仕方ないじゃない」  ここは国中の聖女見習いの中でも、特に優秀な乙女たちが集められている王族直属の聖堂だ。 私はここで彼女たちのために出来ることをしたいと思っているだけ。 「私がここにいる、みんなを守るの」  リンダは読んでいた本のページから顔を上げると、落ち着いた穏やかな目で柔らかく微笑んだ。 「大好きよ、ルディ。ルディがいてくれるから、ここのみんなは安心していられるの」  そう言ってくれるリンダのことを、私も誰よりも信頼している。 息を合わせたように、私たちは肩を抱き合った。 友情を確かめ合った後で、ふと彼女の広げているページの挿絵が目に入る。 リンダは新しい薬品成分の抽出方法を調べているようだった。 丸底のガラス容器にいくつもの管がつながり、それを回転させながら火で温めると書いてある。 「この実験を試すの?」 「抽出温度を一定に保つのが難しいの。だからオイル浴を試してみようかと思って。低温だと狙った薬効成分がなかなか出てこないのよ」  屋外から、黄色い歓声が聞こえてきた。 窓の外を振り返ると、紅い髪とマレト施設長の白い衣装が見える。 「全く。のんきなものですわ」 「意外とそうでもないかもよ」  リンダは分厚い本のページを閉じると、それを持って立ち上がった。 「もしリシャールさまがマレト施設長に狙いを定めたなら、本当にこの聖堂の危機かもね。マレト施設長がレランドに連れて行かれちゃったら、次の施設長はきっと、あのとっても厳しくて怖いペザロさまになるでしょうから」 「確かにそれは大問題だわ」  多少の遅刻や失敗なら、無言のひとにらみと咳払いで済むマレト施設長と違い、ペザロ副施設長はいちいち失態をその場でメモとして書き記したうえに、生徒ごとにそれらを記録した帳簿を永久保管している。 「阻止しないと」 「そうよルディ。がんばれ」  リンダは実験室に向かうようだ。 外の植物園では、マレト施設長とリシャールが、ついさっきまでと比べものにならないくらい、より親密に何かを語らいながら歩いている。 彼は香り高いクチーナの花を手折ると、それを年齢が10も離れた彼女の耳元にさした。 聖堂の乙女たち全体の危機が訪れようとしているのを、黙って見過ごすわけにはいかない。 「マレト施設長!」  急いで外へ飛び出す。 淡いグレイのワンピースの裾を持ち上げ、二人の元へ駆け寄った。 「来週からの講義の予定を、まだお聞きしていなかったのですけど!」  白い聖女の衣装に身を包んだ彼女を、優しい目でリシャールが見守る。 ピタリと寄り添うその姿は、まさに恋人同士そのものだ。 「ルディさま。リシャールさまがしばらくこの聖堂に通いたいとおっしゃってくださるので、殿下と共に植物学の基礎から学び直そうかと」 「今さらですの?」 「いつ何時でも思いかえったときに、基礎に立ち返り復習することは、よいことですよ」  はにかむようにそう語るマレト施設長は、早速彼に言いくるめられてしまったとしか思えない。 「そうですよね、マレト。常に復習を心がけることは、私もよいことだと思います」  目と目で見つめ合い、にっこりと微笑み合う。 こんなにも簡単に騙されるなんて、想像以上に想定外だ。 「殿下! 殿下の本日のご予定は?」 「別に? 特に何もありませんよ。マレトの話に、もっと耳を傾けること以外には」  リシャールはマレト施設長の耳にさしたのと同じクチーナの花をもう一度手折ると、私の耳にさす。 「ほら。君も可愛くなった」  天然でやっているように見せて、これが下心からの意図的な行為かと思うと、その天才すぎる振る舞いに脅威すら覚える。 花に罪はないと分かっていても、今すぐ取り払ってしまいたい。 どうして彼女と同じことを私にもするの?  しかもこんな大勢の前で。  リシャールは細い目に涼しげな表情を保ったまま、植物園の向こうにたたずむ聖堂を振り返った。 「この聖堂の素晴らしさを、我が国の人々にも伝えたいのです。マレト。もっと案内をお願いできませんか」 「えぇ、もちろんです。喜んで」  リシャールはにっこりと微笑み、施設長へ向かって右手を差し出す。 そこに彼女の手が重なる前に、私は彼の手を奪いとった。 「リシャールさま。マレト施設長には、乙女たちへの講義という大切なお仕事がございます。代わりにこの私が、特別にご案内さしあげますわ!」  紅い目が一瞬不敵な笑みを浮かべたかと思うと、さっと繋いだ手を引いた。 わざとよろけさせた体を支えるため、彼の腕が腰に回る。
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