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第2話
「リシャールさま。ミネヤは世界樹の葉から抽出される薬効成分の分析をしておりますの。収穫した葉の保存方法にも精通しておりますわ。発酵の技術やその管理は、彼女の右に出るものはおりませんの」
「そうですか。出来れば私は、彼女から直接その話をお伺いしたいのですが」
「まぁ! そういえばミネヤ。あなたの欲しがっていた新しい機械のお話、あちらの男性なら叶えてくれるかもしれませんよ」
「え? 本当ですか、ルディさま」
「あなたの望む条件はとっても厳しくて。開発出来る方を探すのに苦労しましたが、今夜こちらに招待しておきましたの。ぜひこの機会に、じっくりわがままを言っておくといいわ」
「ありがとうございます! ルディさま」
ペコリと頭を下げ、彼女はいそいそとその男性のところへ近づいてゆく。
私はうれしそうに話す彼女の表情をみて、うんうんとうなずいた。
これで一人の乙女の危機は救われた。
「どうだ」と思って振り向いたところへ、また次の危機が迫る。
「リシャールさま。おけがはありませんでしたか?」
「私は聖堂の乙女のためなら、どんな危険も恐れはしませんよ」
リシャールの腕が少女の腰に回る。
彼女はうっとりとその横顔を見上げた。
リシャールはそんな乙女をエスコートしながら、テーブルへ向かう。
「飲み物をいただきましょう。そうすればゆっくりお話もできます。なにがよいですか?」
私はすかさずラルトベリーサイダーのグラスをわしずかみにすると、別の飲み物に手を伸ばそうとした殿下の前に差し込んだ。
「ライラはいつも、好んでこれを飲んでおりますの!」
ムッと顔を歪めたリシャールがそれを奪いとろうとするのを、さっと避け彼女に手渡す。
「ライラ。あなたがずっと会いたがっていたご夫婦を、この会場お呼びしておりますの」
「えぇ! 本当ですかルディさま。生まれてくる子供が、全員聖女としての能力を持って生まれてきたという……」
「あちらの方々ですわ」
私が扇で指し示す方向には、所在なげに寄り添う老夫婦の姿があった。
「不慣れな場所でご不安なご様子です。安心してさしあげて」
「かしこまりました。今すぐ行って参ります!」
ライラ自身も、親族に聖女が多く生まれる家系の出身だ。
遺伝と環境的要素を広く調べることを、研究対象としている。
「なぁ、ルディさまよ」
リシャールはフォークに突き刺したチーズの塊を、私の口元にグリグリと押しつけた。
「これでは俺の仕事が進まないじゃないか。邪魔をするなと言ったはずだが?」
「私もあなたの好きにはさせないと、しっかり宣言しておいたはずですけど?」
「こんなの、圧倒的に俺が不利じゃねぇか。何やってんだよお前」
「そんなこと言われても知りません。戦いに有利な条件で挑む。戦術としての基本です」
チーズを押しつける手を掴むと、直接そこからパクリと一口で飲み込む。
「おまっ! ホントにここでそれを食うな!」
「まぁ。ご自分で勧めておいて、何をおっしゃいますやら」
こんなことぐらいで私が怯むと思ったら、大間違いよ!
「殿下はどこ産のチーズがお好きかしら。お礼に私も、食べさせてさしあげますわ」
奪いとったフォークで、チーズが綺麗に整列された皿に狙いを定める。
「殿下のお好みのチーズを教えていただけないと、『あーん』できません」
「そんなの、しなくていい!」
「まぁ、そう遠慮なさらず」
私はオランジの皮が練り込まれたチーズに狙いを定めると、ブスリとそれを突き刺した。
「こちらなぞいかがでしょう。こちらも私の好きなチーズでございます。殿下にもぜひ味わっていただきたく……」
口元に押しつけようと、彼に近寄る。
振り上げた腕を、ガッツリ掴まれてしまった。
「やめろ! これ以上恥ずかしいマネをするな」
「私は殿下からいただいたのに、恥ずかしいとは何事ですの? まさか私に出来たことがあなたには出来ないとでも?」
「そういう問題じゃない!」
「ならどうぞ。私が食べさせて差し上げますわ。どうかお口を開けてくださいまし」
私も本気なら、彼も本気だ。
口元にフォークを運ぼうとする私の手を掴む彼の腕が、プルプル震えている。
「おい。いい加減にしろ……」
「あなたが一口これを食べればすむことですけど?」
「ホントにそれですむと思ってるのか」
「なにを今さら……」
「リシャール殿下」
「お姉さま!」
両腕をつかみあいもみ合う私たちに、エマお姉さまが声をかけてきた。
その瞬間、あれほど抵抗していた手をパッと放す。
「これはエマさま」
リシャールは極上の笑みを浮かべ、完璧な仕草で丁寧に頭を下げた。
「リシャール殿下。この度は聖堂とその乙女のために力を尽くしていただき、大変感謝しております。私からも一言お礼を差し上げたく参りました」
「世界樹とその乙女たちのお役に立てたのなら、うれしい限りです」
さっきまでもみ合っていた私に目もくれることなく、彼はお姉さまの手を取った。
「まさか今夜お会い出来るとは思いませんでした。それだけでも私が危険を冒し、火の中へ飛び込んだかいがあったというものです」
紅い目は静かにお姉さまの手を取ると、そこにキスをする。
「どうか今回の働きに、褒美をくださいませんか?」
「何をお望みでしょう」
「私と一曲、踊ってください」
「それなら喜んで。私も殿下とご一緒したいと思っておりましたの」
「お姉さま!」
「まぁルディ。そんな怖い顔をしてどうしたの」
リシャールの握るお姉さまの手を見ているのが、心臓に痛い。
「今後の聖堂の活動方針について、緊急にお話しなければならないことが……」
「まぁ、それは今じゃなきゃダメな話?」
「え……っと。出来れば今すぐお耳に入れてさしあげたく……」
お姉さまは輝くばかりに波打つ金色の髪を、ふわりと傾かせた。
「ごめんなさい、ルディ。先にリシャール殿下からのお誘いを受けているの。ダンスが終わったら、あなたとお話するのでいい?」
「……。はい。分かりました」
お姉さまにそう言われたら、これ以上どうしようもない。
リシャールの紅い眉が勝ち誇ったようにピクリと動いて見えたのは、私の気のせい?
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