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第2話
「どうか突然の御無礼をお許しください。ですが私には、こうするよりあなたへの想いを打ち明ける機会がなかったのです」
まだ音楽も奏でられていないのに、彼は半ば強引にお姉さまの手を引くと、勝手にダンスのステップを踏み始める。
それを見た楽団員たちは、慌てて演奏を始めた。
「あなたは私のことをご存じないでしょうが、私はずっと以前からあなたに密かな恋心を抱いておりました。美しき聖女さま。ぜひ婚約者候補として、これから私のことを知っていただきたく思います」
真っ赤な目に似合わないクールな細い目で微笑む。
ちょ、なによこの人!
意外すぎる展開に、マートンまですっかり固まってしまっていた。
こんな強引なやり方で、生真面目なくらいいつも礼儀正しいエマお姉さまに接する人なんて、見たことない。
大胆にも程がある。
「エマさまの美しいお姿をみて、どうしても我慢出来ず声をかけてしまいました。はるばる遠くレランドからやって来た、世間知らずと笑ってください。あなたの微笑みが私に向けられるのなら、たとえそれがどんな笑みであろうと、これほどうれしいことはございません」
サラサラとした紅い髪が、力強いステップに合わせて揺り動く。
スラリと引き締まった体と洗練された動きは、いかにも城に籠もって本ばかり読んでいる貴族でないことは明らかだった。
ここに集まっているのは選ばれた一部の上級貴族ばかりとはいえ、レランドの第一王子というのが本当なら、身分的にも立場的にも、お姉さまをこの状況から助けられるのは、私しかいない!
「ちょっおぉ~っと、お待ちくださいませんこと!?」
人の目も気にせず、ズカズカと二人に近づく。
驚いた紅髪の彼は、ようやくダンスを止めた。
そもそも私は、注目されることにも目立つことにも、なんの恥じらいも感じないタイプだ。
だからこそ、この状況を黙って見てはいられない!
「あなた! 失礼ですが、本日はエマお姉さまの成人を祝うお誕生会なのですよ?」
突然現れた邪魔者の私を、レランドの第一王子は紅く光る冷ややかな目で見下ろす。
「もちろん存じ上げておりますよ。招待状をいただきましたので」
「でしたら、もう少し礼儀というものがあってもよろしいのでは?」
紅い目の力がとてつもなく強い。
獲物を狙う鷹のように鋭い目つきだ。
圧倒的なその上からの威圧感にも、負けじとにらみ返す。
ドレスに合わせた派手な扇を広げ、フンと鼻息を鳴らしてみせた。
彼は凍てつくような目で、私を見下ろす。
「エマさま。このお方は?」
「私のかわいい妹、第三王女のルディです」
それを聞いた瞬間、彼の顔つきが変わった。
ずっと握っていたお姉さまの手を放したかと思うと、丁寧に頭を下げる。
打って変わって春の木漏れ日のような笑顔を浮かべた。
「おや。エマさまの妹姫でございましたか。それは失礼いたしました」
紅い目の人は、にこにこと愛想よく振る舞う。
さっきまでのブリザードがウソみたいだ。
「私になにか御用ですか? ルディさま」
「リシャールさま。はっきり申し上げて、あなたはお邪魔です。少々お控えなさってください」
「ほう。それはどういう意味です?」
どう見たって紅い目が怒っているけど、私だってここから引き下がるわけにはいかない。
本来なら今ごろ、マートンとお姉さまの婚約発表で盛り上がっていたはずだ。
そのお披露目の予定を知らなかったとはいえ、台無しにした罪は重い。
「そもそも今日という日はですね……」
「ルディ。君の方が遠くから来て頂いた殿下に対して、失礼だよ」
マートンの手が肩にのった。
ナイトとして毅然とした黒い軍服に身を包んだ彼の、ぴったりと整えられた黒髪と深い緑の目が私を諭す。
「マートン! 私はこの失礼な王子にですね……」
「ルディ。今日はエマの18歳の成人を祝うお誕生会だ。これから王族としても聖女としても、多くの公務に就くことになる彼女を、心地よく送り出してあげないと」
その聖女であるお姉さまと、この晴れの日に最初にダンスをするのは、恋人であるマートンの役目だったはずなのに……。
それなのにこのリシャールとかいう失礼な王子は、お姉さまとのダンスを強引に始めてしまった。
「お姉さまは、この方とお知り合いだったのですか?」
「いいえ。彼とは初対面よ」
「じゃあ、どうして……」
リシャールは体格よく引き締まった細身の体で、私たちの前に颯爽とひざまずいた。
「どうか御無礼をお許しください。ですがどうしても、エマさまに私の想いをお伝えしたく、こうして馳せ参じた次第にございます」
彼の紅い目と髪が、もう一度お姉さまをダンスに誘う。
同じ人と二回も続けて踊るなんてことはありえないが、ダンスを中断させたのは私だ。
それをまた誘われては、エマお姉さまも断れない。
お姉さまの手が、リシャールの手の上に重なった。
「あの、エマお姉さま。それと、リシャール殿下」
覚悟を決め、潔く頭を下げる。
「さっきはごめんなさい。確かに私の方が失礼でしたわ」
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