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第4話
「リシャール殿下は、ブリーシュアへはよく来られるのですか?」
エマお姉さまは、マートンが助けに駆けつけたと見極めると、リシャール殿下と重ねていた手から離れる。
お姉さまは、マートンに自分の腕を絡めた。
「殿下。私でよろしければ、ブリーシュアを案内いたしますよ」
「マートン卿」
二人の関係にようやく気づいたらしいリシャールは、声色を整えた。
「なるほど。ではそのうち、卿には城内を案内してもらおうかな。しばらくここに、滞在する予定ですからね」
「リシャール殿下は、聖女研究に関心の高い方とお聞きしております」
マートンは叩き込まれた非の打ち所のない礼儀作法で、にっこりと笑みを返した。
それは殿下に対する宣戦布告とも、警告ともとれる微笑みだった。
「私でよろしければ、いつでも喜んで」
お姉さまを取り合って火花が飛び散るかと思った瞬間、王子はいきなり、ぱっと私を振り返った。
「こちらの妹姫も、なかなかに可愛らしい方ですね。ルディさま?」
サラリとした紅い前髪が、信じられないほどふわりと柔らかく微笑みかける。
あろうことかさっきまでお姉さまを誘っていた手が、今度は私に向けて差し出された。
「は? なんですの?」
「あなたをダンスにお誘いしているのですよ。ルディ王女」
本気なの?
いや、絶対に本音じゃ嫌がってるでしょ。
だって笑顔が引きつっているもの。
私だって踊りたくはないけど、この流れと状況で、断れないものは断れない。
「ルディさま。よろしかったら今度は私と、一曲お願い出来ますか?」
「もちろんですわ。よろこんで」
社交界の交流って、ホントに大変。
私だって踊りたくはないけど、リシャール殿下だって仕方なく誘ってるんだよね。
分かってる。
「ではこちらの妹姫を、少しの間お借りしますね」
グイと引き寄せられた腕に、足元がよろける。
彼からは嗅いだことのない異国の香りがした。
燃えるような紅い髪と紅い目が、じっと私を見つめる。
抱き寄せられた勢いで頬をぶつけた胸板は、マートンとは全く違っていた。
私が転んでいると思っているのか、腰に回された腕がしっかりと支えてくれているおかげで、体がピタリと密着してしまっている。
「リ、リシャールさま。これではダンスをしようにも、近すぎて踊れませんわ」
「あぁ。失礼いたしました。そうですよね。あなたがあまりにも華奢でかわいらしかったもので。うっかりしていました」
このセリフ、どこまでが本気?
怪しむ気持ちを出来るだけ抑え、彼を見上げる。
私を支えていた強い腕が、ようやく離れた。
改めて向かい合い、にこっと微笑んだその紅い目が、一瞬ほっと緩んだような気がした。
「では改めて、お誘いしても?」
「殿下に誘っていただけるのなら、何度でも光栄ですわ」
「ははは」
音楽が始まる。
手と手が触れ合った瞬間、彼の細い目がキュッと引き締まった。
涼やかな目元がずっと私を捕らえたまま、一時も離れてくれない。
相手の動きに合わせ寄り添うように踊るマートンとは違い、彼は自分の手の中でくるくるともてあそぶようにリードし、ステップを踏む。
決して下手だとか自分勝手というわけではないし、もちろん第一王子らしくダンスも得意なのだろうけど、リシャール殿下はもう少し相手のことも考えた方がいいと思う。
力強く素早いステップについて行くだけで必死で、体だけでなく気持ちまでもてあそばれているようだ。
「殿下のダンスは……。なんといいましょうか、野性的というか、とても力強いステップなのですね」
「そうですか? それはお褒めにあずかり、光栄です」
大きくターン。
その遠心力で、繋いだ手をしっかり握りしめていないと、勢いだけで吹き飛ばされそうだ。
離れてしまった体を、また強く抱き寄せる。
「そ、それで、殿下はいつお姉さまをお知りに?」
うっかり足を踏み外してしまいそうなほどの早いステップに、息が切れそうになる。
それでもどうしても聞きたいことは、聞いておかないと。
「エマさまを初めてお見かけしたのは、この王城で開かれた世界樹の成長を祝う祝祭の時です。テラスに現れたお姿に一目惚れした私は、その瞬間から密かに想いを寄せておりました」
そう言った彼の言葉に、嘘の香りは感じられなかった。
お姉さまにいきなり求婚するなんて、なんて無茶で乱暴な人だろうと思ったけれど、お姉さまに対する思いは本物らしい。
くるくると振り回されている私を支える彼が、ゆっくりと微笑んだ。
「その時に、あなたもエマさまの隣にいらしたのですか?」
「え、えぇ。家族とともに、テラスに並んでおりました」
「どうりで。どこかでお見かけしたことがあると思った」
早すぎるテンポのダンスが、不意にピタリと止まった。
紅い前髪が、今まで他の誰にも近寄らせたことのない距離まで、グッと近づく。
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