追跡者ごっこ(影山飛鳥シリーズ11)

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第18章  影山探偵事務所は、大井町線の緑が丘駅から歩いて数分のところにあった。そこは大きな洋館だった。その大きな玄関を入り、2階へ続くらせん階段を昇り切ると目の前に事務所のドアがあった。 影山は秋山の話を聞き終えると、目の前に置かれたコーヒーを口元に引き寄せた。 「突然この手紙が秋山さんの会社に、しかも秋山さん宛てで送られて来たのですね?」  影山は左手に一枚の便箋を持っていた。そして、そこにはこう書かれてあった。 ―私を捜して― 「ですからこれをくれたあの人が森田さんに間違いないと思うんです」  秋山は影山の事務所をインターネットで知った。日本で一番優秀な探偵は? と検索すると、その事務所は東京都内にあった。そこはネットでの評価も星が5つ付くほど厚い信頼が寄せられていた。それで秋山はそこに依頼しようと決めたのだ。 「それでご依頼の内容ですが」 「この森田さんを捜し出して欲しいんです」 「人捜しですか?」  影山は事件がらみではない単なる人捜しを受けていなかった。 「はい。彼女が捜してくれと言っているんです。何か困っているのでしょう。ですからなんとか彼女を捜し出して助けてあげたいんです」 「先ほどのお話だと、電車で会ったその人は自分のことを秋山さんの幼馴染の森田という人だとは認めていなかったようですが」 「そうですが否定もしませんでした」  そこで影山は黙りこみ、暫く考える素振りを見せた。そして視線を急に秋山に合わせるとこう言った。 「そのメッセージを送って来たのが誰なのかを突き止めるのは面白そうですね」 「はい。是非お願いします」  秋山は影山の反応にこの依頼を受けてくれると確信した。 「わかりました。それではこの手紙を誰が秋山さんに送ったのかを調べるということで、電車で出会ったその人の行方も調べることにします」 「ありがとございます」 「では、幾つか質問をしてもいいですか?」 「どうぞ」  そこで影山は椅子を座り直し、少し前かがみになって秋山に向いた。 「秋山さんが中学生の時の話ですが、森田さんが秋山さんに私を捜してというメッセージを送ったことを知っている人は他に誰かいますか?」 「いいえ。彼女からあの手紙をもらった後、他のみんなはどんなことが書かれているのかを見せ合っていましたが、僕は誰にも見せずに家に持ち帰ってしまったんです」 「すると、その手紙はどうなったんですか?」 「中を確認した後、机の引き出しにしまいました」 「では今もその机の中に入りっぱなしですか?」 「はい」 「では、そこに私を捜してと書かれてあったことは誰も知らないんですね?」 「はい。彼女と僕しか知りません」 「秋山さんのご家族は?」 「知りません。家族にも見せませんでしたし、僕の引き出しは誰も覗かないので」 「そうですか」 「他のみんなには、一緒の時間をありがとうみたいな内容が書かれてあったようです。ですから、あのメッセージは僕だけにくれたものなんです」 「そうなんですね。秋山さんだけに送られた特別なメッセージだったんですね」 「はい。だから今回送って来たものも、あの森田さんじゃないと書けないメッセージなんです」 「森田さんが引っ越した先はわかりますか?」 「福井県だということはわかるんですが、詳しくはわかりません」 「今まで知りたいと思ったことはありますか?」 「はい。それであれこれ手を尽くしたんですが結局わかりませんでした。母校の中学校を訪ねたり、住民票の異動履歴から確認出来たらいいなと思ったのですがプライバシー保護とかでダメでした」 「秋山さんの同級生からは何か聞けませんでしたか?」 「彼女が引っ越した当時にそんなことを聞いたら、きっと変な噂を立てられたでしょう。ですから何も聞けませんでした。その後高校を卒業するとみんな地元を出てバラバラになってしまったので、今は同級生と連絡さえ取れません」 「そうなんですね」  影山は、これはなかなか難しい仕事になるだろうと思った。調査の取掛かりになる情報があまりに欠けていたからだ。そこで最初の一歩をどう踏み出そうか悩んだ。 「実はあの時思ったことがあるんです」 「あの時とはいつのことですか?」 「中学3年生の時です。あの時森田さんからあの手紙を渡されて思ったんです」  それは帰り際に秋山が突然言い出したことだった。 「どんなことですか?」  それで影山は聞き返した。 「あの手紙を見て、僕はきっと福井まで彼女を捜しに行くんだと思ったんです。そして直接彼女にこう言ってやりたいって思ったんです。君を見つけたって」  秋山はそう言うと静かに影山の事務所を出て行った。 第19章  桑山は今の仕事にずっと疑問を持っていた。ネットカフェの仕事は好きだったが、店長という仕事は好きではなかったからだ。それは彼が人の世話を焼くのが嫌いだったからだ。 桑山のやる気の源は自分の考えで自由に動いて、それで成果を上げることだった。それが今は出来損ないの学生の面倒を押しつけられていたのである。彼らの面接では彼らをよいしょして、採用すれば彼らをおだてて仕事をしてもらった。店長と言えば聞こえはいいが、彼らの小間使いのような役目だった。そしてそこまで彼らに尽くしても、色々な理由を言ってすぐにそこを辞めて行った。  桑山がそのオークションを始めたのはそんなことが理由だった。オークションに掛けられたのは辞めて行った彼女たちの個人情報だった。それは面接の時に持参した履歴書の内容で住所、氏名、誕生日等と、約1時間かけて面接で聞き出したことだった。 オークションでは履歴書に貼付された写真だけが公開されていた。そして氏名ではなく、それぞれが入札番号で表示されていた。 それには目玉商品があった。それは面接で彼女たちが語ったことだった。それは例えば過去の恋愛遍歴、記憶に残る出来事、よく買い物に行くお店、ご飯を食べに行くところ、大学で履修している科目、所属している部活・ボランティア団体、実家の住所など多岐にわたった。  落札者が彼女たちにどんなアプローチをするか、主催者は一切感知しなかった。結果として恋人関係になったり、援助交際に発展したケースもあったようだ。しかしその大半はストーカーまがいのことをして、彼女たちが怖がるのを楽しんでいた。関係者はそれを、「追跡者ごっこ」と呼んでいた。
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