追跡者ごっこ(影山飛鳥シリーズ11)

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第5章   次の日秋山は慎重に振る舞い、山手線では彼女と同じドアから乗り込むことに成功した。彼は若干距離が近いかなと思ったので、彼女の方を一切見ないようにした。そして彼女が降りる気配を見せたら即座に対応できるようにした。  しかし電車が原宿に到着してもその人は降りる気配を見せなかった。そしてそれは渋谷でも同じだった。 (じゃあどこまで行くんだ?)  秋山は彼女の素敵なファッションから、原宿か渋谷辺りのお店で働いていると思っていた。しかしそれが違っていた。すると急に不安になった。それはスイカの残高が気になったからだ。もし改札を出る時に精算が必要になったら、きっと彼女を見失ってしまうと思った。 しかしその人は次の恵比寿に近づくと降りる素振りを見せた。それで秋山は胸をなでおろした。 恵比寿はアパレル関係の会社が多くあって、お洒落な人によく似合う街だった。それでここなら彼女が降りるに相応しい駅だと秋山は思った。 (彼女はどんなお店に勤めているのかな?) いよいよ彼女の勤め先が近づくと、秋山の緊張が高まった。 (え?)  しかし彼女の目的地はこの恵比寿でもなかった。彼女は山手線の改札を出たものの、今度は地下鉄の改札に向かっていた。すると秋山の不安が蘇った。しかしチャージをしている暇はなかった。そのまま彼女について行くしかなかった。すると彼女の向かった先はそこから一つ目の広尾だった。それで秋山はやっと救われた気持ちになった。 秋山は改札を出ると注意深くその人を追った。地下の通路をつかず、離れずの状態で進んだ。やがて彼女は地上に出る階段に向かった。そこは左右を壁に囲まれた狭い空間だった。それで彼女に気づかれないように距離をあけることにした。そこは逃げ場がなかったので彼女を見失うはずがなかったからだ。 やがて屋内の灯りに照らされていた階段に突然日の光が差し込んだ。それで秋山はやっと地上に出られると思った。すると彼女が彼の視界から突然消えた。それで秋山は駆け足で階段を上がり地上に出た。しかしそこに彼女の姿はなかった。 (しまった!)  秋山は焦った。それでその場にじっとしていられず左方向に走った。しかしいくら行っても彼女の姿を見つけられなかった。そこで改札の前まで戻ることにした。 次は右方向に走ってみようかと思った。しかし今からでは遅すぎると思った。 (万事休す)  こうなると彼女は改札を出てすぐ傍の建物に入ったのだろうと思った。そこで無駄だと知りながら辺りの建物を覗いてみることにした。すると改札のすぐ隣がコンビニだった。それで何気無くレジのところを見るとそこに彼女が立っていた。 (いた!)  彼女は出勤前に飲み物でも買ったのだろうか。秋山は彼女を発見すると良かったと思った。そして彼女がそこから出て来るのを待つことにした。それで再び改札の前まで戻ると、あたかも誰かと待ち合わせをしている振りをした。するとほどなく彼女が秋山の前を通り過ぎて行った。 (神は僕を見捨てなかった)  それから彼女は駅前の商店街をゆっくりと歩いて行った。秋山は彼女が信号で立ち止まると少し離れて止まった。そして彼女が歩き出すと、少し遅れて進んだ。結局彼女は5分くらい歩いた後、ある建物の中に消えた。 (あれ?)  そこは明らかに居住用マンションだった。そんなところに店舗があるのだろうかと思った。それでもそこの一室に会社が入っていて、そこで彼女が働いているのだろうと思った。秋山はそれから少し時間をおくと、その入口に近づいて郵便ポストを確認した。 (やっぱり普通のマンションだ)  秋山の予想は外れた。いや、外れたのではなく、そこは予想通り、居住用のマンションだった。そうなると彼女はそこに住んでいることになる。そして国分寺からこの広尾に仕事に来たのではなく、この広尾に住んでいて国分寺まで仕事に行っていたのだ。そして朝のこの時間に勤務を終え、いま帰宅したのだ。 (じゃあどんな仕事をしてるんだ?)  秋山はわからなくなった。でもこれ以上どうすることも出来なかった。まさかマンションの各部屋を一つ一つ訪ねるわけにもいかない。それで秋山は仕方なく広尾駅まで戻ることにした。そして駅に着くと、今日は体調がすぐれないのでお休みしますと会社に電話をした。 第6章   秋山は、さすがにその翌日は会社を休むことも遅刻することも出来ず、今まで乗っていた8時23分発の特別快速で会社に向かった。しかし国分寺駅に着くと急に胸騒ぎが始まった。もしかしたら彼女が乗り込んで来るかもしれないと思ったからだ。それで入口の方に神経を集中させた。しかし彼女はいなかった。それなら新宿駅で次の電車を待っていれば、そこに彼女が乗って来るはずだと思った。しかしそう一瞬思っただけで、その日はきっぱりと諦めることにした。  次の日は土曜日で会社は休みだった。それでいつまで寝ていようが自由だったが、秋山はいつも通りの時間に起きて、いつものバスで駅に向かった。それはあの人に会うためだ。8時42分八王子発の特別快速に国分寺駅から乗って来るあの人に会うためだった。 土曜のその電車は平日より空いていた。スーツを着ている人も少なかった。いつもはすぐに埋まってしまうシートも立川まで空いていた。電車が立川を過ぎると次は国分寺だった。それで秋山は緊張して来た。 (来た!)  国分寺に着くと彼女が真っ先に電車に乗り込んで来て、ちょうど秋山の真向かいに座った。そこで秋山は今日こそ声を掛けようと思った。 それではいつそれを実行するのか。声を掛けた後はどうするのか。青山が言ったようにお茶にでも誘うのか。秋山がそんな思いを巡らせていると電車はあっという間に新宿に着いてしまった。  しかし今日の秋山は焦らなかった。彼女の行動がわかっていたからだ。例え彼女を見失っても心配なかった。しかし秋山は新宿駅で行動を起こした。それはもう待ちきれなかったからだ。 「すみません」  秋山はそう言うと、その人の左肩を優しく叩いた。するとその人はその場に立ち止まり、後ろを振り返った。 「もし違っていたらごめんなさい。森田さんでしょう?」  そして秋山は立て続けにこう言った。 「君を見つけた」 「え?」  すると彼女は困惑した表情をした。 「僕、秋山です」  しかし秋山はめげずに話を続けた。するとその人は彼の顔を数秒間見つめた後、こう言った。 「ごめんなさい。覚えてなくて」 「あ、そうですか」  それで秋山はトーンダウンした。するとその人は秋山の様子に申し訳ないと思ったのだろう。 「すみません。お名前をもう一度伺ってもいいですか?」  そう言葉を足した。 「秋山です」 「秋山さん?」 「はい」 「なんとなく覚えているような、いないような」  その人は秋山のことを知らないとは言わなかった。 (やっぱり森田さんだ!)  それでそう思った途端、秋山は笑顔になった。するとそれにつられてだろうか、その人も笑った。秋山はその笑顔を見ると、この後どこかのカフェで話が出来ないかと思った。彼女は仕事帰りである。疲れてはいるだろうが、長い時間でなければ承知してくれると思った。それで思い切って誘ってみた。 「今、お時間ありますか?」 「ごめんなさい。これから人と会う約束があるんです」 「これからですか?」  秋山は彼女が夜勤を終えて帰る途中だと知っていたので、ついそんな言葉を口にした。 「え?」  当然彼女は秋山に不信感を向けた。 「いえ、懐かしい話でも出来たらいいなと思ったので」  それで秋山は話をごまかした。 「そうですね」  するとその人は今すぐにでもその場から立ち去りたいという素振りをした。 「来週もあの特別快速に乗りますよね?」  そこで秋山はあわてて次につながる話をした。 「え?」  しかしそれも先走った発言だった。 「今乗って来た電車の中で初めてあなたを見掛けたんです。それで声を掛けたのですが、あなたがいつもあれに乗ってるのかなと思って」  その人は秋山の話を聞き終えると何度も頷いた。きっとどこから秋山が自分を追い掛けて来たのかわかったからだろう。そして少し考える素振りをした後、にこりとした。 「名刺、ありますか?」 「え、あ、はい」  秋山は名刺があるかと聞かれて、いつもの通勤スタイルで来て良かったと思った。そしてカバンの中から名刺入れを取り出すと、そこから一番上の1枚を渡した。 「連絡します」  すると彼女はそう言って笑顔を見せると、山手線のホームに降りて行った。秋山はその後姿を見送りながら、きっと彼女から連絡が来て、そしてどこかで待ち合わせをすることになるだろうと思った。  しかし彼女からの連絡はなかった。その日も、次の日も秋山のスマートフォンは鳴らなかった。そしてそれだけでなく、翌週の月曜日も、火曜日も彼女はあの電車には乗らなかった。そこで秋山は水曜日には一本早い電車に、そして木曜日には一本遅い電車に乗ってみたが、遂に彼女を見つけることは出来なかった。 「私を捜して」  その時秋山は再びあの子が残したメッセージを思い出していた。そして、まさかこれもあのメッセージの続きなのだろうかと思った。
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