雪の思い出

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「昨日の夜から降り出した雪の影響で、交通機関は軒並み止まっています。気象庁は、先ほど大雪警報を発令しました。視聴者の皆様、どうか不要不急の外出は控えてください!」  僕が朝食のトーストにバターを塗りながらテレビの電源を入れると、分厚いダウンコートの上に毛糸のマフラーまで巻き付けているお天気お姉さんが、猛吹雪の中に埋もれるようにして、雪で半分真っ白になっているマイクに向かって叫んでいた。  ──どうしよう。  今日のデートで彼女にプロポーズする予定だったのに。密かに彼女の指のサイズまで調べて、下準備も完璧にしたのに。僕は途方に暮れて、外の様子を見るためにアパートの玄関を開けた。  アレ? アパートの周辺は雪が止んでいる。テレビでは猛吹雪の画像なのに、僕が住んでいるアパート周辺は雪がちらちらと舞う程度。  ──よし、今がチャンスだ!  僕は大急ぎでダウンを羽織ると指輪をポケットに突っ込んで街に向かって走りだす。彼女が待っている場所まで。  * * *  不思議なことに、僕が乗るバスや電車は動いていた。なぜか彼女の場所に向かう路線だけは雪が小降りになっているらしい。バスの運転手さんも、駅の職員さんも頭をひねりながらお客さんをさばいている。  ──間に合った。  雪がちらちら降っているショッピングパークの広場は、吹雪の影響で人っこ一人いない。ただ彼女だけが雪の中にひとりたたずんでいた。 「待った? ごめんね、こんな吹雪の中」 「ううん、大丈夫だよ。君のためならいつまでも待てるし。それに私、不思議に寒さには強いの」  雪の中、彼女の赤いルージュは僕の勇気を後押ししてくれる。彼女は僕を見上げて、僕の言葉にコクリとうなずく。パラパラと周りを舞う粉雪はまるで僕達を祝福してくれているようだ。  * * * 「お母さん、本当に良いの? あの男で」 「仕方ないわよ。あの子が好きな男だからね」  雪のパークを見下ろせる建物の屋上には、吹雪の中真っ白な着物を羽織る影が二つ。 「それに。もしも娘を裏切ったら。私たちの力で凍死させてしまえば良いだけでしょ」 「そうね。人間との間に生まれたお姉さんを苦しめたら、私が街を吹雪にして男を足止めしてあげる」  母と呼ばれた白い女性は、はるか昔に雪の山小屋で男性と恋に落ちた頃を思い出したのか、懐かしそうに目を細めた。 (了)
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