雪の日、汽車にて

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雪の日、汽車にて

 少女を乗せて、汽車は静かに、しかし力強く雪の中を進んでいた。外は真っ白は景色がどこまでも続いており、当然ながら人の気配は微塵もない。そしてそれは車内も同じだった。汽車の走る音以外話し声はおろか、足音一つもなかった。  その沈黙を破るかの如く、コツコツと足音が鳴り響く。足音の正体はこの汽車の車掌だった。車掌は慣れた足取りで車両から車両へ移動するが、やはり誰もいない。最後の車両まで行き着いたその時、ふと座席を見やると一人の少女が黙って、それこそ物音一つ立てず座席に腰掛けていた。  年は15、16ぐらいだろうか。長い艶のある黒髪は肩にかかっており、ブラウンのコートを膝の上に置いていたが、その表情は神妙そのものだった。 (こんな時期に少女か。珍しいものだ) ここ数年、列車の乗客は年寄りばかりだからか、若いというだけで彼女の存在は車掌にとって物珍しかった。 「お客さん、切符は?」  車掌は気を取り直し、ポツンと腰をかけている少女に声をかけた。 「これ、ですよね?」  彼女が手渡した切符を見て車掌は目を丸くした。 「お客さん、これをどこで?あなたはまだあそこにいくべきではないと言うのに。」 「もらったんです。これを持っていれば行けるからって。」 「もらった?」  怪訝な顔で車掌が尋ねる。 「アンジェリカから。私のご近所さんで、ずっと昔に手に入れたものだそうです。」 「ああ、アンジェリカだったのか。」 「知り合いですか?」 「彼女は古い友人なもんで。しばらく名前は聞いていなかったが…そうか…。」 車掌の視線は切符にあるようで、遠い昔を思い出しているようだった。 「しかし…」 切符に目を落としていた車掌が再び少女に目を向ける。 「あなたまだ生きているんでしょう。わざわざ何をしにいくんです。」 「私には、会わなければいけない人がいるんです。」 キッパリとした口調で少女が答える。 「というと、命の恩人とか?」 「いえ、会ったことはなくて…。」 さっきの口調はどこへやら、急に自信をなくしたように声が徐々に小さくなってしまった。 「会ったこともない人のために、わざわざ『陽だまり』へ?」 「陽だまり?」 少女が首を傾げる。どうやらあの世界への知識をほとんど持ち合わせていないようだった。 「生者にとっての『あの世』ですよ。朗らかな響きですが、あんなところは地獄と変わりゃしない。」 「地獄?」 突然勢いよく立ち上がって車掌に詰め寄る少女に彼は一瞬たじろいだが、 「まあ落ち着きなさい。本当の地獄じゃありません。あくまでも例えだから。」 そう穏やかに諭すと宥められた少女はようやく席に腰を下ろし、車掌は内心胸を撫で下ろした。 「その人の名前は?この汽車に乗っていたかもしれない。」 ふう、と息をついて彼女に尋ねた。長年この仕事を続けている自分なら、見かけたことぐらいあるかもしれないと思ったからだ。 「わかりません。会ったこともないので。」 車掌は黙ってしまった。これでは、手がかりがないではないか。往復切符を持っているとはいえ、生者である彼女がわざわざ自ら死ににいくようなことをする必要はどこにもない。 「でも、」 「彼、ずっとギターを弾いていました。夢の中で、何度も。」 「ギターを持つお客さんは今までにもいましたからねえ…。」 しばしの沈黙が流れる。なぜ目の前の少女が躊躇いもなく、未知の世界に飛び込もうとするのかが理解できなかった。これもまた、若さというやつなのだろうか。 「まあ、私にあなたを止めることはできません。何せしがない車掌ですので。ところで、あなたの名前は?」 本心を悟られないように車掌は話題を変えた。 「ハンナ。ハンナ・ラドクリフです。」 曇りのない、澄んだ瞳を向け、少女は答えた。先ほどよりその顔色がにわかに明るく見えた。 「ハンナさん。くれぐれもお気をつけて。どうかその方にお会いできるように。」 その一言を残して車掌は先頭の車両へ向かって去った。 「ーまもなく、『陽だまり』ですー」
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