悪役令嬢の魂が私を操ってきます!?

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悪役令嬢の魂が私を操ってきます!?

「わたくしが貴方の恋人になってあげても構いませんのよっ!!」  わたしは、片想いをしている男の子にめちゃくちゃ上から目線で告白した。  相手の男の子は目を点にしながらわたしのことを見ている。  普段のわたしなら絶対にこんなセリフを叫んだりしないのだが、今のわたしは違う。  今の私は『乙女ゲームの悪役令嬢』なのだ。  とても不本意だけど…。 ~数分前~  中学生のわたしは普段通り、学校帰りの電車の中でゲームをしていた。最近、わたしの大好きな乙女ゲームのスマホアプリ版がリリースされたので、ここ最近ずっとそれをしている。  ゲームのあらすじは、魔法学校に通う平民の主人公が、貴族であるメインヒーロー達と恋に落ちるというとても王道なもの。あらすじ自体は王道だが、キャラの個性が立っていたり、シナリオが斬新だったりしてとても面白い。  いつも電車での移動時間はそのゲームに夢中になっているわけだが、それよりもなお、わたしを夢中にさせるコンテンツ、いや人物がいる。  それは同じクラスの直樹くん。わたしが片想い中の男の子だ。  彼とは最寄駅が一緒で、帰りの電車でたまに一緒になる。全然、お喋りをしたことがないので、お互いに認識はしてるけど、どちらも話しかけたりはしない。そんなもどかしい関係がずっと続いている。  彼と一緒になった時、わたしは出来るだけ意識していない風を装いながら、彼のことを密かに凝視している。  靴変えたんだなぁとか、髪の毛伸びてきたなぁとか、ズボンからシャツがはみ出てるなぁとか。我ながら変態的な行為だとは思うが、彼のことがどうしても気になってしまう。  彼のことを気にしている間は、まったくゲームが進まない。恋心とは怖いもので、わたしの周りのものは彼以外すべて消し去ってしまう。  今日も彼と同じ電車になった。一つ隣の乗車口から電車に乗り込み、わたしはカモフラージュとして乙女ゲームを開いた。  いつも通り彼はかっこよかった。別にずば抜けて周りの男の子よりかっこいいわけではないけど、いつも落ち着いていて、大人びていて、何でもそつなくこなせる彼に、わたしの心は虜にされていた。  スマホの画面には『オッホッホッホッ!』と書かれたメッセージウィンドウと共に、高笑いしながら固まっている悪役令嬢が映し出されていた。だが、そんなことはまったく気にせず、わたしは彼の方に気を向けていた。  すると、突然わたしの頭の中に、わたしではない誰かの声が流れてきた。 「ちょっと!あなた!いつまで放置するつもり!?」  わたしはその声に驚いてスマホを落としそうになった。すんでのところでスマホを掴み直し、その画面を見てみると、そこにはさっきまでいた筈の悪役令嬢の姿がどこにもなかった。 「あ、あれ?」  わたしが戸惑っていると、再び頭の中で別人の声が聞こえた。 「鈍感ね。ワタクシならここよ。」  さっきから話しかけてくるこの声は誰のもの?いや、誰かを考えるより、わたしの頭がおかしくなってしまったのを疑うのが先?などと考えていると、再度、声が聞こえてきた。 「あー!もう、ほんとに鈍いわねぇ!ワタクシよ!デイリーよ!そのゲームの中の悪役令嬢の!」  それを聞いてもまだ理解が追いつかなかった。困惑しているわたしを他所にデイリーは続けた。 「あなたいつまでワタクシを放置するつもり?ずっと高笑いしとかなきゃいけないワタクシの身にもなりなさいよ!」 「ええ!?ちょ…えぇ!?わたしの頭の中にいるのって…デ、デイリー?」 「デイリー…さん!…ね?そうよ!あなたがいつまでも他のことに気を取られてるから、わざわざ頭の中に入って注意してあげたのよ。さっさとゲームを進めて頂戴。」  デイリーがそう言うのと同時に、わたしの首が勝手に動いた。他所を向いていた私の首は、無理矢理スマホの方に向けられた。 「え…うわぁ!」  勝手に首が動いたことにびっくりして、わたしは声を出してしまった。隣の人がわたしの方を見るのと同時に、わたしは両手で口を塞いだ。  にわかには信じられないが、どうやらゲームの中のキャラクターが、わたしの頭の中に入り込んで勝手に体を動かしたらしい。 「ちょっと…!いまだに信じられないんですけど、わたしの頭の中にいるんですか?…デイリーさん?」 「だから、さっきからそう言ってるじゃない!」  頭の中で返答が戻ってきた。どうやら本当にそうらしい…。 「あの…だとしたら、わたしの体を勝手に動かすのやめていただけますか?びっくりするんで…!」 「あなたが悪いんでしょ?ゲームを進めずに他のことに気を取られてるからよ。一体、何に気を取られてるのよ?」 「え!?そ、それは…」  わたしはゆっくりと直樹君の方を見た。すると、デイリーは何かを察したのか「ふ~ん」と言ってからわたしに問いかけてきた。 「なに?あの男のこと好きなの?」  デイリーの急な問いかけにわたしは動揺した。 「べ、べつにす、好きとかじゃないですよ…!」 「わかりやすく動揺したわね。」  頭の中でデイリーの呆れ声が聞こえた。 「好きならさっさと告白しに行きなさいよ。」  デイリーの唐突な提案にわたしはさらに動揺した。 「えぇ!?む、無理に決まってるじゃないですか!そんないきなり…まだ、話したことすらないのに…」  わたしの言葉を聞いたデイリーは「はぁ〜!」と大きく溜め息を吐いた後、諭す様に言った。 「いい?話したことないとか、無理に決まってるとか、うだうだ言ってると、この先何も進展しないわよ。どうせ話すきっかけでも待ってるんでしょ?断言してあげるわ。そんなものは一生来ない!」  そう言い切ったデイリーに、わたしは反論した。 「そ、そんなのわかんないじゃないですか!しかも、わたしきっかけを待ってるわけじゃありませんから!今はまだ…彼に話しかける勇気がないだけで…そのうち…。」  わたしはそう言って下を向いた。勢いよくデイリーが反論してくると思ったが、デイリーはそうはせず、しばらく黙っていた。  沈黙が続いた後、デイリーは小さく溜息を吐いてから私に言った。 「まあ、あなたの気持ちもわかるわよ。でもね、そうやって何も行動しなかった人間にはチャンスすら巡って来ない。勇気がないなんて言ってる暇は本当はないのよ。」 「そ、それは…わかってますけど…。」  わたしの言葉の後、また沈黙が続いた。  ずっと、下を向いていた。デイリーの言うこともわかる。いや、たぶんデイリーの言ってることが正しいのだろう。しかし、どうしても行動には移せない。わたしはそんな度胸がある人間じゃない。  そんなことを考えていると、いつの間にか最寄り駅に着いた。アナウンスが鳴って電車のドアが開いた。 「あっ、降りなきゃ。」  わたしはカバンを抱えてドアから飛び出た。それと同じタイミングで彼も電車から降りた。もちろん一つ隣のドアから。  ドアから出た彼は、わたしからどんどん遠ざかっていった。わたしはその背中を見ながら、同じ方向に歩き出した。はぁ…とため息が出た。今日もなにもできなかった。  まぁ、しょうがないかと考えていたその時、私の指が勝手に動いた。「えっ!?」と思わず声が出た。わたしが物凄く驚いていると、今度は腕が前に突き出された。そして、歩いていたはずがいつの間にか走り出していた。 「え、ええっ!!?ちょっと!?なになに!?」 「そんなに落ち込むんなら今話しかけちゃいなさい!」  頭の中でデイリーの声が響いた。その瞬間、わたしの意志に反して体が動いているのはデイリーのせいだとわかった。 「ちょ、ちょっと!止めてください!」  わたしが心の中で叫んでもデイリーはわたしの足を止めなかった。やがて、前に突き出していたわたしの手は、直樹君の肩に当たった。 「あっ。」  思わず声が出た。肩を叩かれた彼は、びっくりしながらこちらを振り返った。彼は、不思議そうにわたしを見つめた。わたしもなんと言っていいかわからず、おどおどしながら彼の顔を見ていた。  電車から降りた人達が、わたし達の横を流れていく。わたし達は周りに人がいなくなるまで沈黙したままだった。 「えっと…何か用かな、日高さん?」  彼がそう問いかけてきた。わたしは慌てて何か返そうとした。 「えっ、あ、あっ…えっと…。」  しかし、なんと返していいかわからなかった。すると、頭の中で声が聞こえた。 「何やってるの?ちゃんと喋りなさいよ。」  デイリーの言葉にわたしは頭の中で反論した。 「いや、無理ですよ!そんな急に…!何も考えてなかったのに!」 「あ、そう。なら、ワタクシに任せなさい!」  そういうとわたしの体は、勝手に大きく息を吸い込み始めた。そして、勝手に大声で彼に向かって叫んだ。 「わたくしが貴方の恋人になってあげても構いませんのよっ!!」 「わたくしが貴方の恋人になってあげても構いませんのよっ!!」  ピンと突き出されたわたしの右手の人差し指は、真っ直ぐ彼のことを指していた。  わたしは、急に叫び出したわたしの口を慌てて塞いだ。 「ちょっとぉ!?何勝手に喋ってるんですか!?」 「いいじゃないのよ!さっさと勝負かけちゃいなさいよ!」  デイリーはそういうと私の体を勝手に動かし、さらに何かを喋ろうとした。 「ンウ~!…ンンー!」  わたしは勝手に動く自分の口を必死に塞いだ。そんな私の不自然な行動を見て、彼はキョトンとしていた。恥ずかしすぎる…。今すぐここから立ち去りたい。  しばらく、わたしとデイリーのせめぎあいが続いた。すると、不自然な行動をとるわたしに恐る恐る彼が話しかけてきた。 「えっと…それって…?」  彼はわたしの顔を覗き込みながら言った。わたしはそれにびっくりして、口を塞いでいた手を緩めてしまった。デイリーはその隙を見逃さず、彼に高らかに言い放った。 「だから!わたくしが貴方と付き合ってあげても構わないと言っているのよ!!」  終わった…。絶対に頭のおかしな奴だと思われたに違いない。いや、っていうか実際そうだし。今のわたしはだれがどう見ても、現在進行形で黒歴史を製造している、悪役令嬢に過剰な影響を受けた勘違い少女である。  わたしは顔が徐々に赤くなっていくのを感じて、それを隠すように頬っぺたに両手のひらを当てた。それに伴って、体の自由が戻ったことを知ったわたしは、彼の足元を見ながら慌てて言い訳をしようとした。 「あ、あの…!これは…そ、その…!」  恥ずかしさに身をよじらせながら、わたしは必死に言葉を紡ごうとした。そんなわたしを見ながら、直樹君はずっと戸惑っていたが、やがて私に向かってゆっくりと口を開いた。 「あ、あのさ…。それって…告白?」  彼の声に反応するように、わたしは勢いよく顔を上げた。すると、きらきらと輝いて見える彼の瞳と目が合った。  私の中で時間が止まった。今まで生きてきた中で一番長く感じた一瞬だった。心臓が飛び出そうなほど大きく、そして早く動いた。彼から見た私はどう映ってるのだろう?極度の緊張と共に、とても冷静にわたしと彼を俯瞰で見ているわたしもいた。 「日高さん?大丈夫?」  再び発せられた彼の言葉は、わたしを現実に引き戻した。慌ててわたしは、彼から目を逸らして大きく両手のひらを振った。そして、今までの一連の出来事をなかったことにしようとした。 「だ、だだだいじょうぶ!!ご、ごめん、急に変なこと言って!今までのやつ全部忘れて!」  たぶん、なかったことにはならないだろう。いや、確実に彼の中で、変な女という称号がわたしにつけられたはずだ。 「…そう…わかった。」  直樹君は不思議そうな顔をしながらわたしに背を向け、そのままゆっくりと歩き出した。  最悪だ。わたしはデイリーを一生恨むことにした。デイリーのせいで、彼のわたしに対する印象は、最悪なものになったに違いない。彼女が土下座してきたって許さない。まぁ、そんなことしないだろうけど。とにかく、どんなに謝っても許さない。だって、もう直樹君と一生もとの関係に戻れないかもしれないし…  …もとの関係って何?  わたしは直樹君の何だったの?喋ったことすらないのに、もとは何があったっていうの?デイリーのやり方はめちゃくちゃだけど、少なからず彼と話す機会はできた。そもそも、このことがなければ、わたしは直樹君と一生話しなんかできなかったかもしれない…。遠ざかって行く彼の背中を見た。  本当にこれでいいの?  わたしはゆっくりと大きく息を吸い込んだ。これが正解なのかはわからない。でも、今は… 「あの!ちょっと待って!!」  彼を呼び止めた。わたしの中で迷いがあった。  この機会を逃したら、一生彼に近づくチャンスなんて来ないんじゃないか?いや、たぶん来ないだろう。それに、もし来たとしてもこの機会を不意にするような奴に、その時何かできるとは思えない。  わたしは手のひらをギュッと握りしめた。 「…や、やっぱりさっきのやつ全部嘘じゃない…!直樹君!わたしと付き合って!…くれ…ませんか…?」  最後がとても弱々しくなってしまった。でも、言い切った。今までのわたしなら絶対にできなかったことだ。  直樹君はしばらくの間、わたしを見つめて戸惑っていた。2人とも何も喋ることができず、沈黙が続いた。その沈黙はわたしをとても不安にさせた。ネガティブな考えがよぎった。余計に引かせてしまったかな?とか、もしかしたら嫌われたかな?とか、断られたらもう一生仲良くなれないのかな?とか。  彼のことを見ることができず、握りしめた手のひらも力が緩んできた。まだ断られたわけじゃないのに涙が出そうになった。わたしはがんばって彼の顔を見ようとした。でも、どうしてもできなかった。それが出来ないとわかった瞬間とても怖くなり、今にも逃げ出したくなった。こんなんじゃ駄目だ。せっかく変われたと思ったのに。…強くなれたと思ったのに…。 「そのままでいいわよ。自信持ちなさい。」  頭の中で声が響いた。  身体が楽になって、不安と恐怖が消えていくのがわかった。  わたしはそのまま彼の返事を待った。  やがて、直樹君はゆっくりと口を開いた。 「…ごめん。付き合えない…かな。」  彼が返事をした。  わたしは身体を動かさず、重い口だけを開いた。 「…そっか。ごめんね、呼び止めて。…ありがとう。」  わたしはゆっくりと彼の方へと歩き出して、駅のホームの階段に向かった。  涙が出そうだったけど、彼を横切るまで我慢した。  崩れ落ちてしまいそうだったけど、頑張って歩いた。 「あっ…待って!日高さん!」  わたしが直樹君の横を通り過ぎた直後、今度は、彼がわたしを呼び止めた。  わたしは涙を堪えて、間を置いてから振り返った。  彼は言った。 「あの…ごめん。急な告白だから断っちゃった。正直、自分の気持ちもよくわからなくてさ。」  わたしは、身体を彼の方に向けて、下を向きながらそれを聞いていた。 「ほら、日高さんと一回も喋ったことないから、そのまま付き合ってもいいのかなって…。」  一瞬、彼が言った言葉の意味がよくわからなかった。わたしはそれくらい困惑していた。 「…えっ。」  言葉の意味を理解した時、わたしは顔を上げて彼の目を見た。 「だからさ…まずは友達からでもいいかな?」  風が吹き抜けていった。  わたしは、しばらくキョトンとした顔で彼を見つめていたが、やがて自然と口元に笑みが溢れ、溜まってた涙が消えていった。 「うん!よろしく!…お、お願いします…!」  わたしは元気よく答えた。今回も言葉が尻すぼみになってしまったが、もうそんなこと気にしなかった。 「じゃあ、また明日。日高さん。」 「うん!また明日…!」  その後、駅の中で少しお話してから解散した。直樹君の家は、駅を挟んでわたしの家の反対側にあるので、わたし達は違う出口から駅を出た。  駅を出ると少しだけ日が沈んでいた。水色からオレンジ色に染まりかけている空の下、わたしはルンルン気分で帰り道を歩いた。  すると、わたしの頭の中で、わたしとは別の誰かがわざとらしく咳払いをする音が聞こえた。 「コホン!」  わたしがその咳払いを聞いて足を止めると、デイリーは少し間を置いてから続けた。 「…あなた、何かワタクシに言うことあるんじゃなくって?」  そう言うとデイリーはわたしの返答を待つように静かになった。  そうだ、わたしはデイリーに言わなきゃいけないことがあったんだ。 「あ!本当だ…!忘れてました…デイリーさん!」  わたしは頭の中で大声で言った。 「何してくれてんですかぁ!!ほんとにぃ!!勝手なことしてぇ!!」 「…えっ?」  急に怒り出したわたしに対して、デイリーは激しく困惑していた。そんな彼女をよそに、わたしは勢いよく続けた。 「危うく直樹君に頭のおかしな奴だって思われるところだったんですよ!!いや、てか思われたかもしれないし!!もしかしたら今も思ってるかもしれないし!!」 「…いや、ちょっと…?」 「ほんとうにたまったもんじゃないですよ!!あんな恥ずかしい告白を無理矢理させられて!!」 「…あれ?感謝されると思ってたんだけど?」 「そんなわけないじゃないですか!!冗談じゃないですよ!!わたし、デイリーさんのこと一生許さないですからねぇ!!」  怒りをすべてぶちまけて、わたしはフン!と言って腕組みをした。  それを聞いたデイリーは「なによ!せっかくワタクシが手助けしてやったのに!」などと言っていじけていた。  しばらくブツブツ言っていたデイリーも、やがて静かになり、わたし達の間に沈黙が流れた。 「…デイリーさん?」  沈黙を破ってわたしが言った。 「…なによ?」  それにデイリーが答えた。  わたしは静かに息を吸ってから言った。 「…その…ありがとうございました。」  姿の見えない相手に対して、わたしは小さくお辞儀をした。デイリーはふんと鼻を鳴らした後に言った。 「…気にしなくていいわよ。別に。」  デイリーの喋り方から、彼女があまり納得のいってない様子だというのがわかった。でも、同時に、わたしに悪いことしたなと反省してる様子も少し感じられた。  わたしが再び歩き出そうとすると、ポケットの中にしまっていたスマホがブルっと振動した。スマホを取り出して電源を入れると、バッテリーが残り僅かだと知らせる通知が画面に表示されていた。 「やば!もうすぐバッテリー切れだ。」  わたしがそう呟くと、デイリーが頭の中でわたしに語りかけてきた。 「あなた、アプリつけっぱなしにしてるでしょ。それが原因じゃなくって?」 「あ、アプリ消すの忘れてました。直樹君から連絡来るかもしれないし、アプリ消してバッテリーを温存しないと…あれ?でも、デイリーさんって、このアプリ消してもわたしの頭の中にいられるんですか?」  それを聞いたデイリーは淡々と言った。 「ん~どうかしらね。まあ、どの道ワタクシはここら辺でお暇させていただくわ。」 「え…?もう帰るんですか?」 「ええ、そうよ。」 「そうなんですか…。…あの、また会えますよね?」 「どうかしらね。そもそもワタクシは、あなたをゲームに集中させるために出てきただけだからね。また会えるかどうかはわからないわ。」  デイリーの言葉に、わたしは戸惑ってしまった。短い時間だったけど、その間にわたしの中でいろいろな変化があったせいで、デイリーと一緒にいた時間は実際よりも少しだけ長く感じられた。だから、別れるのがちょっと寂しかった。それにこれからのわたしと直樹君の話も聞いてほしいし、他のことも喋ってみたいし…。  せっかく仲良くなれたんだし…。 「まあ、これからもがんばりなさいよ。ワタクシの労力を無駄にしないように。じゃあね。」  彼女の言葉は徐々に小さくなっていった。それは、彼女がわたしの頭の中から消えていくことを示していた。  わたしは大きく息を吸って、手のひらをギュッと握りしめた。そして大声で言った。 「デイリーさん!わたし、デイリーさんが頭の中に入ってきてくれてよかった!!おしゃべりできてよかった!でも、もっと喋りたいこととかいっぱいあるから!だからさ!どれくらい難しいことなのかわからないけど、絶対にまた会おう!」  誰もいないところに向かって叫んだ。すると、わたしの中で声が響いた。 「…あなた、どもらずにしゃべることできたのね。」 「まあ、友達に対してはね!またね、デイリー!」 「…フフッ…またね、ひより。」  デイリーは、わたしの名前を静かに呼んだ。  やがて、頭の中で声がすることはなくなった。わたしは同じ場所に突っ立ったまま、オレンジ色に染まった遠くの空を見ていた。しばらくした後、わたしは目を瞑り、ゆっくりと深呼吸してから、再び目を開けて歩き出した。  さっきより周りの音がうるさくなったような気がした。  また会えるだろうか?会えるとしたらいつ頃だろうか?そんなことを思いながらわたしは帰り道を歩いた。  …あれ?そういえば、なんでデイリーは、わたしの下の名前を知っていたのだろうか?一回も名乗らなかったはずなのに…。  まあ、わたしがやってるゲームの中のキャラだし、人の頭の中に入り込めるような人だから、それくらい知っててもおかしくないか。  ひよりと別れてから数週間後。デイリーは、魔法学校の中庭の椅子に腰かけながら呟いた。 「あー退屈。」  デイリーは不満そうな顔をしながら腕を組んだ。  そこに一人の女性がやってきた。その女性は金色の綺麗な髪をしていて、少し幼い顔立ちで、デイリーと同じ学生服を着ていた。 「あっ!ごきげんよう、デイリー!あなたも休憩中?」 「ん?…ああ、なんだ、リリアか。ごきげんよう。」  その女性ことリリアは、不満そうな顔をしながらデイリーに近づいてきた。 「ちょっと!なに?その不満そうな顔!せっかく、正ヒロインがお友達の悪役令嬢に話しかけてるのに…って、あれ?」  正ヒロインのリリアは、プンプンと怒りの表情を浮かべながらデイリーに文句を言っていたが、あることに気づいて不思議そうな表情に変わった。 「デイリー、私のこと名前で呼んだ?リリアって。」 「そうだけど?ってか、当たり前でしょ?名前なんだから。」 「まあ、そうだけどさ。デイリー、いっつも私のことひよりって呼んでたじゃない?ほら、プレイヤーが私にひよりって名前つけたから。」 「ええ、そうね。このゲーム名前変えられるからややこしいのよ。プレイヤーがゲームしてない時は、あんたの名前のリリアって呼び方でいいけど、プレイヤーがゲームしてる時は、あんたのことひよりって呼ばなきゃいけないし…。じゃあもう、ややこしいからずっとひよりって呼ぼうと思ってたけど…。」  デイリーは話の途中で足を組みなおした。そして、視線をリリアから別の場所に移して言った。 「諸事情によりやめることにしたわ。」 「私が、プレイヤーがゲームしてない時はリリアって呼んでって、何回言っても呼び方が変わらなかったのに…。なんかあったの?」  リリアは首をかしげながら言った。 「まあ、いろいろよ。」 「ふーん…。あ!そういえば聞いたよ!デイリー、ゲームの外に行ったんでしょ!禁止されてるのによくやるよね~。確か、プレイヤーがゲームをつけたまま放置することが多いから、それを注意しに行ったんだっけ?どうだった?」  リリアは目を輝かせ、前のめりになりながらデイリーに聞いた。デイリーは、そんなリリアに若干困惑しながらも答えた。 「どうって…。見ての通り失敗よ!ワタクシが注意してからゲームをつけたまま放置することはあまりなくなったけど、今度はゲーム自体をたまにしかやらなくなったわ!ひよりのやつ、どうせ好きな男と乳繰り合ってんのよ!まったく、誰のおかげで仲良くなれたと思ってるのかしら?あの恩知らず!」  デイリーは強い口調で言った。 「ひより?…ああ、そういうことね!」  リリアは、何かを察した後、そのまま続けた。 「ええ?素敵じゃん!ひよりちゃんとその男の子、上手くいくと思うよ!だって、ひよりちゃんってたぶん一途でしょ?ほら、この乙女ゲームでも、1人の男の子の好感度しか上げてないもん!確か…レオン君だっけ?このゲームじゃ一番不人気らしいのになんでだろうね?」 「あなた…けっこうひどいこと言うわね。」  リリアをジト目で睨んだ後、デイリーは少し微笑んで続けた。 「まあ、どっかの誰かに似てるからじゃないかしら?知らないけど。」  リリアは、不思議そうにデイリーを見つめていたが、やがて「そうなんだ…!」と言って微笑みを返した。  しばらくの沈黙の後、デイリーはゆっくりと椅子から立ち上がり、伸びをしてから言った。 「とにかく、あの子は恩知らずのろくでなしよ。そして、あの子がゲームをしないからワタクシ達は暇になり、日々不満が募っていくのよ。」 「ふーん。そういう割にさっきから全然不満そうに見えないんだけど、デイリー?」  ニヤニヤしながらリリアが言った。  それに対してデイリーが、少しだけ口角を上げて言った。 「不満よ。だからまた注意しに行こうかしらね。」  ……END 最後まで読んでくださって、ありがとうございました! もしお願いできましたら、星評価をいれていただけると今後の創作活動の励みになります。よろしくお願いしますっ 来週の投稿は更新しませんのでご了承くださいm(_ _)m 追伸:バレンタインデー頃に投稿出来たらいいなと思っています
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