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全てをプロレスで解決する悪役令嬢
カァーン!
甲高い金属音が鳴り響き、戦いのゴングが鳴る。
ロープで囲まれた四角いリングの上には、戦いに挑む二人の人間。
そのリングが存在するのは――――どう見ても似つかわしくない、王宮の煌びやかなパーティー会場。
この世の贅の極みを集めたような華美な内装と、立食パーティーのテーブルに豪華な食事が並ぶ中、突如出現したのだ。
ドレスやタキシードに身を包む貴族たちが集まるこの空間の中央に、武骨な……しかし無駄のない機能美に彩られた四角いリングが。
「な、なんだこれは!?どうなってるんだ!?」
困惑した声を上げるのは、青コーナー付近に座り込んでいるタキシード姿の男。
国内の三大貴族と言われるマスカール家の六男で、国内でも10本の指に入る大きな農場を経営している権力者でもある、ミール・マスカール。
そんな男に対峙する赤コーナーには……純白のロングドレスに身を包み、ウェーブのかかった金髪をなびかせる美しい令嬢――――なのだが、その顔には獣の爪で切り裂かれたような3本の赤いペイントがあまりにもミスマッチで目を引く。
悠々と、そして堂々とコーナーに背中を預けていたかと思うと、突然のその手にマイクが現れる。
どこかに隠し持っていたのではない、突然現れたのだ。
その様子に周囲が驚きざわざわしていると、姿勢を正した令嬢が大きく息を吸い込む。
「――――あああああああああああ!!!!!」
その魂を震わせるような大声でこの場の視線をすべて自分に集めると……
「テメェこら!!ぶっころしてやっからよぉ!!かかってこいやぁ!!!」
荒々しい言葉のマイクパフォーマンスで、対角線上にいる貴族・ミールを煽る。
そして、マイクをボンッ!とリングに叩きつけながら、ミールの元へマイクを投げて、右掌を上に向けて、クイクイッと「お前もなんか言えよ」と迫る。
訳も分からないままミールはそのマイクを受け取ると、「こ、これに向かって喋ればいいのか?」と声を出した瞬間、その声が増幅されて大きく聞こえる事に驚く。
「な、なんだこれは!?なんで声が大きくなるんだ!?」
その困惑に対して、令嬢はもう一本マイクを出して答える。
「知らねぇよ!!なんだよこのマイク!!どこにも繋がってねぇのになんで声がでかくなるんだよ!!まあ、そもそもなんもない空間から急に出てくる時点で不思議過ぎるからどうでも良いけどな!!」
「お前も知らないのかよ!!」
思わずツッコミを入れるミール。
「知る訳ねぇだろ!!こちとら気づいたら悪役令嬢だよ!!タイトルマッチはどうなったんだよこんくしょう!!」
「な、何を言ってんるだお前は!?」
「うるっせぇ!!とにかく、テメェはムカつく!!だから、試合だ!!試合で決着付けようぜ!!
「良くない!!そもそも試合ってなんだ!?なぜわたしとお前が勝負をせねばならん!?」
「グダグダとうっせぇな……シシゴン!!ゴングだ!!ゴングをならせぇ!!」
令嬢がリング脇に声をかけると、なぜかそこには木製の長机と、その上に置かれたゴングがあり、そこにいる小さな謎の生き物……頭は獅子が体はドラゴンという謎の組み合わせなのになんかちょっと可愛い存在……シシゴンが、ハンマーを手に取り高らかにゴングを鳴らす!
「さあ、やろうぜ……最高に熱く盛り上がるプロレスをよぉ!!」
豊島ひろみは、女子プロレスラーだった。
幼いころから昭和プロレス好きの父親と共に見ていた伝説のヒールレスラーたちに憧れて、自分もそうなりたいという夢を叶え、ヒール(悪役)でありながらも女子プロレス団体スターリングのシングルチャンピオンにまで上り詰めた。
凶器攻撃 場外乱闘 なんでもありのラフファイトを展開しつつも、その根っこには努力と才能で築き上げた確かにテクニックが存在し、プロレス最強を証明したいと格闘技にも進出して全米大会で2位にまで上り詰めた。
その実力がありながらも、ひたすらにヒールの道を歩み続けたひろみだったが、試合会場に向かう途中で不運な事故にあい、その一生は突然終わりを迎えた―――――かと思いきや、気付けば異世界の悪役令嬢に転生していた!!
最初は戸惑ったひろみだったが、「待てよ……悪役令嬢って、悪役ってことはヒールレスラーと同じ感じでいいんじゃねぇか……?」と気づいてからは、堂々と悪役令嬢「アデジャール・コリン」としての人生を歩み始めたのだった!!
『さあ、試合開始のゴングが鳴りました。実況はワタクシ、愛くるしいマスコットキャラのシシゴンでお送りします』
パーティー会場に突然現れたリングの横には、長机にパイプ椅子の実況席も同時に出現していた。
『解説は、コリンお嬢様付きのメイドであるセイさんにお越しくださいました』
「はい、よろしくお願いします!お、お嬢様がんばってー!」
紹介されたのは、メイド服に身を包み髪をポニーテールにまとめた活発な印象のメイド「セイ」(16歳)だ。
『そしてゲストは、コリンお嬢様の世話役、執事のタガミさんです』
細身でスーツに身を包んだウェーブ白髪の老紳士タガミさん(68歳)は既に顔が青白い。
「……ああ、お嬢様、またこんな揉め事を起こされて……ううっ、胃が、胃が痛い……!」
『おーっと、タガミさんが青ざめた顔で胃薬を飲み込みました。その慣れた手つきで、普段から相当苦労しているのがよくわかりますね』
「シシゴン殿、ワシの実況はしなくて結構です……」
実況席でそんな会話がなされている間にも、リング上では試合が始まっている。
「どらぁ!!」
まだ困惑してる貴族の六男ミールに、コリンの打点の高いドロップキックが炸裂する!
『あーっと、いきなりの攻撃で吹っ飛ぶミール。倒れたところに……出たー!!コリンお嬢様の謎の能力「凶器なら何でも自由自在に出せる」だー! その名の通りの能力で、まず取り出したのは……フォーク!!アブドーラ・ザ・ブッチャーの頃から変わらぬ定番凶器だー!』
「ぐぇっへっへっへ!」
舌を出して笑いながら、そのフォークでミールの額をぐりぐりするコリン。
『邪悪ー!あまりにも邪悪な顔だー!悪役とは言え令嬢という立場に全くふさわしくない邪悪な顔で額をグリグリしているぞー!』
さらにはパイプ椅子を出し、バンバンと殴りつけたかと思うと、今度はフロントスープレックスで綺麗に投げてから、顔面に毒霧を吹き付けるコリン。
『これは怒涛の攻撃!いやぁ、コリンお嬢様相当お怒りですね……シシゴンは少し席を外していたので見てなかったのですが……いったい何がどうしてこうなったのですか?』
「それは……最初のきっかけになったのは、私なんです……」
解説席のメイド、セイが申し訳なさそうに、この事件の始まりを語り始める―――。
「お、お嬢様お嬢様!見てください、凄いですよお料理!!」
パーティー会場に入るなり、浮かれてピョンピョンと飛び跳ねながらテーブルの上の豪華料理を満面の笑顔で見つめるメイドのセイと、それを微笑ましく見つめる楽しそうな令嬢コリンの姿があった。
「ありがとうございますコリンお嬢様!!私みたいな平民のメイドをこんなところに連れてきてくれて……!」
「ん?そんなこと気にすんなって。あたしは、いつも頑張ってくれてるセイと一緒に来たかったんだよ」
ニカッと少年のような笑顔を見せるコリン。
彼女は悪役ではあるが、普段から悪人なわけではない。
あくまでもプロとして悪役を、ヒールレスラーを演じているだけだ。
「お嬢様ぁ~~!!セイは嬉しいです!」
目を潤ませながら再びピョンピョンと跳ねるセイ。
コリンも楽しそうに笑いながらセイの頭をぽんぽんと撫でる。
「はっはっは、よしよし。二人で存分に食おう!こんなしょーもないパーティそれくらいの楽しみが無きゃやってらんないよ」
「お嬢様……!そんなことを大きな声で仰っては……!ううっ、胃が……」
後ろから執事のタガミさんがキョロキョロと周囲を伺いながら心配の声を上げる。
実際、パーティー会場に集まった周囲の貴族たちからは冷たい目線が向けられているが、コリンは意に介していない。
コリンは王族の直系ではあるが、王位継承権で言えば26番目。
それなりに権力はあるが実権を握る可能性は低く、他の王族たちからは妾の子であることを理由に蔑まれている。
今さら周囲の目線など気にしていてはきりがない。
「気にすんなタガミ。ほら、アンタも食べなよ。肉美味いぞ肉」
ローストビーフのような肉の塊を切らずにそのまま手に持って噛みつきながら、同じものをもう一つタガミに手渡す。
「お嬢様。老人の顎の力の弱さを舐めて貰っては困ります」
「はははっ、良いなその言い回し。だからタガミは嫌いじゃないぞ」
なんだかんだと仲は良さそうな二人の会話をよそに、次々と食事を口に運んでいるメイドのセイ。
しかしそこに、周囲から蔑むような笑い声が届く。
「なぁにあの平民。下品な食べ方」
「礼儀も知らない平民が立ち入っていい場じゃないよなぁ?」
その声に、みるみる顔が赤く、そして青くなっていき、食べる手を止めるセイ。
そこへ……ぽんっ、と頭に手を乗せるコリン。
「あ……お嬢様……私、やっぱり場違い、ですよね……えへへ」
悲しそうに、それでも笑顔を見せるセイの口に、グイっと手にもってた肉を押し込むコリン。
「汚ねぇ雑音で耳を汚すな。アタシは、美味そうに食うセイが好きなんだ。礼儀作法なんぞ、やりたいやつらにやらせとけばいいんだよ。美味いもんは美味そうに食うのが最強なんだからよ!」
「……ほひょうはま…(もぐもぐ)」
コリンの笑顔に釣られて、笑顔が戻るセイ。
それを確認した次の瞬間、周囲を全力で睨みつけるコリン。
今にもその喉からはガルルルルルルという威嚇の音が出そうだ。というか実際出ていた気もする。
だが――――その威嚇が目に入っていないのか、一人の男が軽口を叩く。
「ははっ、全くメイドもメイドなら主人も主人だな!平民に妾の子、お似合いの低俗コンビだぜ!」
「――――――あぁ?」
声のした方に視線を向けると、そこに居たのが、マスカール家の六男、ミール・マスカールだった。
「なんだぁテメェこら……喧嘩売ってんのか?」
睨みながら近づいていくコリンだが、ミールはへらへらと笑いながら対峙する。
「喧嘩ぁ?あはは、御冗談を。争いってのは同じレベルでしか生じないというだろう?君たちと僕の間で喧嘩なんて、ねぇ?」
どこまでもニヤニヤと人を小馬鹿にしたうすら笑顔を崩そうとしないミール。
「なるほど、よーくわかった。そんなに自分を卑下するなよ。確かにアタシたちと比べたらテメェの低レベルっぷりは一目瞭然だもんなぁ?」
「……なんだとこのクソ女……」
器が小さいのか煽り耐性が無いのかその両方なのか、突然不機嫌になり声を張り上げるミール。絶対に両方だ。
「僕を誰だと思ってる!?ミール・マスカールだぞ!?僕の持ってる農場はこの国でも上位の巨大農場で、王家や貴族にも大量に食料を提供している。僕を敵に回せばすぐにお前たちの領地の食糧庫を空にしてやることも出来るんだぞ?」
マスカール家の権力が強いのは少量の生産と流通をかなり握っているのが強く、王族ですらあまり強く出られない存在である。
なので基本的には平和的な関係を結んでいたい……そんな王家の弱腰な態度が、この六男の不遜な態度を生み出す要因にもなっているのだろう。
「うるせぇ知るか。こちとら悪役だぞ。ヒールだぞ。文句あんならやってやんぞあぁん??」
「あー、いやだいやだ。なんだいその言葉遣いは。君は知らないかもしれないが、このパーティはね、お見合いも兼ねてるんだよ。女たちは皆、我々のような有力な貴族の男たちに気に入られたくて仕方ないんだ。キミたちは所詮、政略結婚の道具ってわけ!」
それは、事実その通りだった。
この世界において、貴族の女性の人生を決めるのは、どの家の誰に嫁に行くのかという部分が大半を占めた。
その為に幼いころからひたすら礼儀作法を叩きこまれ、いかに美しく見せるか競い合い、ライバルと足を引っ張り合い、男に媚を売る……自立することは許されず、ひとすらに「選ばれる」為に邁進する……それがこの世界における貴族の女性の人生だ。
だが――――彼女は、コリンは違った。
そんなものには、これっっっっっっっっっっっぽっちも興味が無い。
「へー、他の女たちはどうか知らんけど、アタシは興味ないね」
「ぷぷぷー!そりゃあ、キミみたいな下品な女、誰も選ばないもんなぁ!そんなんで嫁の貰い手がある訳がないよー!ほんっと、メイドもキミも見るに堪えないブス―――」
その瞬間、ミールの言葉が途切れた。
コリンの、圧倒的なパワーのビンタ……いや、顔面への掌底によって!!
「ごぶはぁ!!」
ミールの体は上空に吹っ飛び、くるくるときりもみ回転しながら地面に落ち―――ると思った次の瞬間!!
突然パーティ会場にリングが出現し、その上にはコリンとミール二人だけ。
「上等だこらぁ……やってやんよ!!やってやんよこのクソやろぅがぁぁぁ!!」
「オラオラァ!!さっきまでの態度はどうしたよお貴族様よぉ!!かかってこいよーー!!」
全力で煽りながら、能力で出した荒縄で首を絞めたり、脚立を倒れているミールの上に出してそれを踏んづけたり、折り畳み式の長机をコーナーに立てかけて、その前に立たせたミールに全力でタックルをして机に叩きつけたりするコリンお嬢様。
圧倒的な強者である。
「くっ、くそ!卑怯だぞ武器なんて!正々堂々と勝負しろ!!」
「あ?何言ってんだ。アタシは悪役だぞ。卑怯上等!気に入らねぇならテメェも武器使っても良いぜ」
その言葉を受けて、ミールは自分の部下や仲間のいる方向に「おい!何か武器をよこせ!!」と叫ぶ。
すると仲間の一人が、持っていた剣をリングに投げ入れる!
『おーっと、武器が投げ込まれました。なぜあんなところに剣があるのでしょうか?』
そんな実況シシゴンの疑問に対して、有能執事のタガミさんが答える。
「あれは、パーティーの中で披露されるはずだった剣の演武で使うものですね。投げたものを空中で切り刻むような芸も含まれていたので、本物の剣のはずです」
『なるほどー!お嬢様の参加されるパーティーの催し物は全て把握しておられるという話は本当だったのですね。さすがタガミさんです』
「おそれいります」
「って、そんなこと言ってる場合ですか!?あれ本物なんですよ!?コリンお嬢様の危機です!!」
二人のやり取りに、慌てふためきながらツッコミを入れるメイドのセイ。
お嬢様のことが心配で仕方ないといった様子だ。
『おーっと!!ミールが剣を構えてコリンお嬢様に襲い掛かるー!』
一方リング上では、フェンシングのような剣裁きでコリンに刃先を向け、何度も突きを繰り出すミール。
コリンは有刺鉄線がぐるぐるに巻かれたバットを何もない空間から取り出し、何とか攻撃を防ぐも少しずつ追い詰められていく。
『ミール選手、なかなかの剣の腕前ですねタガミさん』
「ええ、あのお方は剣術の大会で学生時代に国の代表候補にまでなられたお方。なかなかの使い手ですな」
「ちょっ、大変じゃないですか!お嬢様ー!がんばれー!」
そうこうしている間に、コーナーに追いつめられるコリン。
「ふふん、さっきまでの勢いはどうした? 先ほどまではそちらにだけ武器があって有利だっただけで、同じ条件なら所詮女が男に勝てるわけないんだよ!!」
完全に普段の不遜で尊大な態度を取り戻したミールに対して、コーナーに寄りかかり肩で息をするコリン。
「ほら、ほらほらほらぁ!? 少しは反撃してきても良いんだぞ!?」
わざと直撃させないように、掠るように全身を傷つけていくミール。
ドレスと皮膚が裂けて血が滴る。
「あああ、私もう見てられないです!お嬢様を助けに行きます!!」
慌てて立ち上がろうとするセイの肩を、タガミがグッと押さえ付ける。
「まあまあ、もう少し様子を見ましょう」
表情を変えることなく放たれたその言葉に、セイは困惑する。
「ど、どうしてですか?どうしてそんなに落ち着いてるんですか!?」
その問いに、タガミはコリンを真っ直ぐ見つめて言葉を紡ぐ。
「お嬢様は、普段から言っておりました……プロレスとは、一方的に勝ってはいけないのだと」
「………え?」
「プロレスとは、ただただ相手を叩きのめせばいいというものではない。相手の良さを引き出し、技を受け、ダメージを受けながらも試合を盛り上げるのだと」
「いや、でもそれはスポーツの話ですよね!?今は、本当に死んじゃうかもしれないんですよ!?」
「どんな状況であろうと、変わりはしませんよ。お嬢様は昔からそうでした。……時には相手の技を受けて、怪我をしても、見てる人間の心を躍らせるのが本当のプロだと。時にはそれを八百長だと揶揄されることもあるけれど―――――」
『あーーっと!!ミールが剣を大きく構えて振り下ろす!!これはとどめの一撃となるかー!?』
「―――――プロレスは、エンターテイメントなガチンコ(真剣勝負)だ、とね……」
ガキィン!と金属音があたりに響く。
コリンは、ミールの剣をパイプ椅子で受け止めている!!
「ぐっ、きっ……貴様!まだそんな力を……!おのれ!!」
もう一度剣を振りかざし攻撃を仕掛けると――――
「どらぁ!!」
コリンは、パイプ椅子の足を開き、閉じると同時にその剣を挟んで止める!!
「秘儀!!真剣白刃パイプ椅子取り!!」
技名を叫ぶと同時に、剣を椅子ごと全身でグイっと捻ると、その力で剣がミールの手から離れて吹っ飛ぶ!!
「ふっふふふふふ、ふははははは!!!イメージどおりぃぃぃ!!!もしもタイガージェットシンがサーベルで襲ってきたらどうするか、と幼少期から妄想していた真剣白刃パイプ椅子取り!!こんな完璧に決まるとは!!やはりアタシは天才だな!!」
先ほどまでの弱った様子が嘘のように高らかに笑うコリン!
それを見ていたセイにも笑顔が戻る。
「お嬢様……良かった……!」
その横で、タガミが誰に聞かせるでも無く語る。
「エンターテイメントと真剣勝負……その一見すると相反する要素を両立できる……それがプロであり、プロレスラーとしての矜持だと、いつも仰ってましたねお嬢様……昔は意味が解らなかったですが……今ならよーくわかりますぞ……!」
その時タガミには、レング上のコリンが光輝いて見えたと、後に語った。
「さあ、決着付けようじゃねぇか!!貴族のお坊ちゃんよぉ!!」
「どうらぁ!!」
凶器攻撃の合間に正統派にラリアットやボストンクラブなど、打撃も関節も挟みつつ、そろそろフィニッシュだ。
もう動けなくてグッタリしてるミールを強引に持ち上げて、リングの上に置いた長机に乗せる。
そしてコリンはコーナーポストに素早く駆け登り、くるりと振り向くと大きく両手を広げる。
現役時代からの、決め技前のアピールだ!!
直後――――コリンは飛んだ。
高く飛び上がると、空中で前方2回転して、腹から相手の上に着地し全体重を浴びせるダイビングボディプレス……ファイヤーバードスプラッシュ!!
リング全体が揺れる衝撃が走る!!
下に硬い机があることで、放ったコリンにもダメージが入るが、それ以上にミールに対するダメージは絶大……!!!
「タガミ!カウント!!」
ミールの上に覆いかぶさったままコリンが叫ぶと、目にも止まらぬスピードでリングに転がり上がった執事タガミがリングを叩きながらカウント!
「1……2………3!!!」
『スリーカウント入ったぁーー!!決着ぅ!!!ミール、フォールを返せなかった!!今日もコリンお嬢様が勝ちました!!』
激しく何度も打ち鳴らされるゴングが試合の決着を周囲に告げると、どこからか音楽が流れる。コリンの現役時代のテーマ曲で、最高にぶちあがるオリジナル曲だ。
「さて……と」
型通りの勝利パフォーマンスを済ませたコリンは、どうやら気を失ってるらしいミールの頬をぺしんと叩き目覚めさせる。
「はっ……!いったい何が……って、うわああああ!!」
「よう、目覚めたかよお貴族様……!」
完全に叩きのめされてすっかり怯えたミールは、コリンのまだ怒りの収まらない表情に、両手でガードしながら謝罪を口にする。
「わ、悪かった!!俺も調子に乗ってたよ、仮にも王族であるあなたに失礼な態度を―――」
「……違う……」
小さな声で囁くと、コリンは立ち上がる。
「ひぃ……!」
と怯えるミールに対して、コリンはもう一度呟く。
「違うだろ………だろうがよ……!」
「え?今なんて――――」
「可愛いだろうがよ!!!セイは!!アタシのメイドは!!!さいっっっこうに可愛いだろうがよぉぉぉぉぉ!!!!!」
喉が引きちぎられるかと思うくらいの大声で叫んだのは、メイドへの愛であった。
周囲がキョトンとし、タガミとシシゴンがいつものことだと呆れ、セイは顔を真っ赤にして照れている中、怒涛の告白は続く。
「あの子はな!!アタシの理想なんだよ!!!アタシの容姿なんざどう言われてもどうでもいい!!今までアンチからもさんざん言われて来たからなそんなもんは!!いいか?確かにアタシは夢を叶えてヒールレスラーになったよ!!その人生に何の後悔も無い!!けど、けどなぁ……心のどっかにあったよ!!キャピキャピの可愛い女の子になりたいって気持ちも!!確かにあった!!」
「な、何の話を……?」
混乱するミールの問いかけを無視し、思いのたけを吐き出すコリン。
「こっちの世界に来てセイを見た時は本当に衝撃だったね!!だってあたしの理想を具現化したみたいな子が居るんだもん!!可愛くて明るくて嫌味が無くて努力家で礼儀正しくて、それでいてちゃんと芯を持ってる最高の子!!アタシはあの子を全力で幸せにしてやろうと思ってる!!それをテメェは……侮辱した!!万死に値する!!」
思い返せば確かにコリンがブチギレて最初の一撃を入れたのは、「メイドもキミも見るに堪えないブス」という暴言を吐いた瞬間だった。
自分ではなく、セイが侮辱されたことにコリンは怒っていたのだ。
その後もリング上でセイがいかに可愛くて愛しくて理想的な女の子であるかということを熱弁するコリン。
それを解説席で聞きながら、真っ赤になった顔を両腕すべてを使って隠しながら、恥ずかしさと嬉しさに体をクネクネと動かし続けるセイ。
それ以外の全員は基本ポカンとしていたが、愛を語って満足したのか、コリンは「ふぅ」と息を吐き出した。
「いいか、二度とあの子に手を出すな声をかけるな視界に入るな……次は、こんなもんじゃすまさねぇぞ……!」
最後にもう一度、ミールの顔面に毒霧を吹き付けて満足そうにリングを降りようと歩を進めるコリン。
しかし、ロープをくぐってる途中で思い出したかのように動きを止め、もう一度マイクで声を上げる。
「あっ、そうだ。それからテメェ、嫁の貰い手がどうこうなんて話もしてたけどな……冗談じゃねぇ。アタシの人生は、誰かに貰われる為になんて存在してねぇんだよ。―――――アタシの人生は、アタシ自身の力で輝かせるためにあるんだ」
そしてコリンは会場に居る女たちを見回して、吐き捨てるように言った。
「自分の人生を男に任せるつまんねぇこいつらと一緒にすんじゃねぇよ。いいか、覚えとけ!アタシの名は「アデジャール・コリン」!!この世界でも、最高の悪役として人生を送る……世界一の悪役令嬢だ!!」
言い放つと同時にマイクをリングに叩きつけると、ゴフッという音が会場に響き渡り、再び鳴り始めたテーマソングと共にコリンは部屋を去る。
メイドと執事が後を追い、そして残されたのは――――ボロボロになった貴族が一人と、いつの間にかリングが消え去ったあとの何もない空間を茫然と見つめる人々だけであった………。
試合が終わり、悠々と廊下を引き上げていくコリンの背中に、セイからお礼と謝罪の声がかけられる。
「あ、あの、コリンお嬢様……!今日はあの、私の為にその……ありがとうございます!」
「ん?気にすんな気にすんな、アタシがやりたくてやったんだよ。……いいか、セイ。アンタはアンタの人生をそのまま生きろ!誰にも恥じることもないし臆することもない、アンタの道が暗闇だったら、そん時はアタシが照らすからさっ!」
「―――――はいっ!!ついていきますお嬢様!!」
ニカッと笑うコリンに、少し泣きそうになりながらも笑顔を見せるセイであった。
「よしっ、じゃあ―――もう帰るか!!帰って飯食って風呂入って寝ようぜ!!おーー!!」
「「「おーーー!!!」」」
拳を突き上げて小走りに進むコリンを追い、走り出すセイ・シシゴン・タガミ。
こうして、悪役令嬢とその一味の怒涛な……けれど普通の一日が終わる。
いつかコリンが、世界一の悪役令嬢になり、この世界を大きく変えるのは―――まだ、もう少し先のお話―――。
END
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