悪役令嬢は幸せになりました!!

1/1
前へ
/11ページ
次へ

悪役令嬢は幸せになりました!!

「ジュヌヴィエーヴ・ド・リジュー、おまえとの婚約は破棄だ!」  パーティー会場に着いたとたん、男性の声がこだました。アルフォンス様だ  この国の第一王子で、私の婚約者でもある。  その傍らには異母妹のアンリエットがニマニマ笑っている。なるほど 「理由を聞かせてもらえますか?」  わたしは言うと、王子はりりしい眉を吊り上げて怒鳴った。 「理由だと?白々しい奴め。そんなの山ほどあるわ。かわいそうなこのリエットを学校でさんざんいじめていただろうに」 「怖かったですわ」  金髪で小柄な美少女リエットは青い瞳から涙を流す。  さすが女優の子、演技は一品だ。  リエットの取り巻きどももうなずきながら、口々に叫んだ。 「わたくし共も見てましたわ!ジュヌ様がリエット様を折檻したり」 「ドレスを破ったり、紅茶をかけたり」 「ノートを破ったり。ひどいですわぁ」  こちらは三文芝居よりも演技が下手だ。アルフォンス王子はしてやったりとにんまり笑った。 「ほら、証拠もそろっている。ジュヌ、覚悟しろ。罪を認めたならば死刑は回避してやろう」 「あの、アルフォンス様。それっていつからですか?わたしがリエットちゃんをいじめたっていうのは」 「そんなのっ!」  リエットは反射的に叫んだ。下手なウソがばれそうになって、両頬が火事だ。  残念ながらアドリブは苦手なようだ。 「い・つ・か・ら?」 「リエットが入学してからに決まってるだろう!」  異母妹を庇うようにアルフォンス様が怒鳴った。わたしはため息をつく。 「彼女が入学したのは今年の4月でしょう?わたしは休学していたのでここにいませんでしたわ。去年の春から隣国に留学してましてね、一週間前に帰国しましたの。今年になってからは、今日はじめて学校に来たわけですが・・・」 「ああっ!」 「アアアッ!」  会場全ての場所から叫び声が聞こえた。  アホすぎです、王子。 「アルフォンス様・・・ご存じなかったのですか。留学先から何通もお手紙差し上げたのに」  わざと目をシパシパさせてみる。  まあそれでも、リエットの美しさにはとうてい敵わないのだけれど。  口をかくかくさせている異母妹にも声をかけた。 「そういえば、あなたとは何年も会ってなかったものね。姉の顔は忘れましたか?」 「だってそれは、お姉さまがあたしをなじるから・・・」 「作り話はよしなさい。なじるもなにも、あなたとは初めて会った時から数回しか接点がなかったでしょう?しかもすべて、侍女や執事たちの前でしか顔合わせしていませんわ。それでも作り話をするおつもり?わたしを悪役にしたいのですか?」  ワッと泣き出す可憐なリエットは、それを見て王子は激怒した。  両手を叩くと、側近のクロード様とシャルル様がわたしの両腕をつかんだ。  将軍と現宰相の息子たちで、アルフォンス様の親友でもある。  威圧感があり背の高い美形たちだが、おつむのほうは羽毛のごとく軽い。 「とにかく、おまえは我が妻にふさわしくないのだ。さっさと消してやる、生意気な奴め。おれだって好きな女と幸せになりたいんだ」 「わたくしたちの婚約は国王陛下がお決めになったことですよ。わたくしたちに決定権はございません」 「衛兵!」  王子の声が響き、わたしは逮捕され牢屋に連行されることとなった。  背後からは驚きと悲しみと笑い声が聞こえた。  意地悪令嬢死刑になれ、なんて言葉も耳に入った。  人間、落ち行く者にはかくも残酷になれるのだ。           〇〇〇  アルフォンス王子との婚約はわたしが10歳になる少し前に決められたことだった。  前宰相のロカール卿が国王陛下にわたしを推薦したからだ。  卿は魔道第一と言われるほどの優れた魔法使いだった。  わたしは生まれながらにして魔力が強く、我慢強く勉強もできた方なので王子の妻に―将来の王妃に選出されたわけだ。  母を亡くしたばかりのわたしには大変ショックなことだった。  加えて、アルフォンス王子はわたしを一目見たとたん嫌った。  黒髪の魔女だ、なんて言われて。  この国では黒髪は闇の魔法使いや蛮族の象徴だからだ。  王子はプラチナブロンドに青い瞳のそれは美しい少年だったが、軽率で愚かだった。  一番嫌いなタイプの男の子だった。  しかし相手は王家、こちらは前王朝生き残りの名ばかり公爵でしかない。  リジュー家を担いで反乱を起こす貴族を潰すという目的もあるのだろうし。  そうこうしているうちに、うちの館に派手な母娘が乗り込んできた。  父の再婚相手のアデルとその娘、アンリエットだった。  アデルは大変有名な女優で、その輝くような美貌は王国の男たちをいやおうなしにも惹きつけた。  真っ白い肌、豊満な体つき、大きな青い瞳に黄金の豊かな髪。  まるで豊穣の女神のように美しい人だった。そしてとても傲慢で欲の深い女だった  娘のアンリエットは父との子供だと言い張り、公爵の娘としての権利を享けるべきだというのだ。  まあ確かに貴族らしい青い瞳をしているが、顔立ちは似てないなと思った。  大変申し上げにくいことだが、父の子にしては美しすぎるのだ(笑)  当の父はアデルにのぼせ上っており、そんなことは全く気にしていなかったみたいだが。 「あら、醜いお嬢ちゃんだこと」  はじめてわたしを見た時のアデルの一声がこれだった。  東方由来の黒髪と赤い瞳を馬鹿にしているのだろう。  亡き母の先祖は東方の王族の血を引いていたという。  彼らは大変強い魔力を持つ勇猛果敢な民族で、太陽の神を崇めている。  最も魔素の濃い者が赤い瞳で生まれてくるのだとか。  わたしのこのルビーの瞳は母から受け継いだものなのだ。 「まるで魔女みたい。かわいそうに、母親に似ちゃったのかしら。シャヴィエル(父の名前)は青い目なのにねえ・・・。それに何、この着ているモノ。あなたのお母様はよほど趣味が古臭いのですね」 「そう感じるかもしれませんね」  わたしは絶対零度の声で反論したものだ。 「そちらのネズミ臭いお里とは随分違うでしょ?古い家系の大貴族はこういった色合いのものを好むことが多いのですわ。いわゆるわびさびですか、庶民には理解しがたいかもしれませんわね」  アデルの目は30度に吊り上がった。  この瞬間から彼女の敵になってしまったのだろう。  翌日からは侍女が部屋に来なくなった。  ばあやは解雇された。食事はコオロギ入りスープが来た。  これには参ったので、父のリジュー公爵(にやけ顔のおとなしいバカ男)に脅しをかけた。 「わたしは皇太子妃になる身ですの。コオロギ入りのスープを飲まされたと国王陛下が知ったら、どうなりますかね?ガマガエルじゃあるまいし・・・」  調理人は解雇され、食事は一応元通りになったが気を抜けない。  虫どころか毒入りだったら大変だ。  残念ながら自分で食事を調達しなくてはいけなくなった。  薬品づくりの知識と技術があったので、質の良いポーションを売りに行き稼いだ。  そのままだとリジュー公爵の娘だとバレるので、変身術で茶色い目と髪の平凡な容姿の少年になって。  稼いだ金でパンや飲み物、野菜を買って食べた。  安い脱脂乳をたくさん買い込み、それを飲んでいた。  すると身長が女にあるまじき大きさまで伸びてしまった。  この国では小柄できゃしゃな女性がモテる。わたしは・・・残念です。  アルフォンス王子よりも大きい。  鍛えているせいか筋肉もかなりついているし。  攻撃魔法を磨き、魔物狩りに参加した。  これはかなりよい金になった。しっかりと貯め込み、いざという時に備えるのだ。  家は既にアデルの天下となり果て、執事は解雇され父は骨抜きで仕事は怠け、アンリエットはわがままなバカ娘になっていた。  アデルと父の間に他の子供が出来なかった事だけが不幸中の幸いだ。  しかし男の養子をとらないと、リジュー家は断絶してしまう。  おバカな父は何にも考えてなかったようで、趣味の絵描きばかりして遊んでいた。  何ともトホホな話である。        〇〇〇  この国で魔力持ちは基本的に王侯貴族だけだ。  庶民で魔法が使えるのは、貴族の血を引いた者だけ。  いわゆる落とし胤というわけである。  アンリエットはわがままで嘘つき、自分の美貌を鼻にかけるとんでもない少女だったが、確かに魔力はあった。  父の実子かどうかはさておき、貴族の血は引いている。  わたしが王立魔道アカデミーへ入学する際、あたしも行くのだとごねていた。 「リエットはまだ12歳だろう。15の齢になったら、きっと入学許可証が来るから」 「そうよリエット、愛しい子。こんな黒髪おばけなんかよりよほどおまえの方が優れているわ。お妃にだって・・・」  義母のアデルが厭味ったらしく言葉を紡ぐ。ああ、そうだ  アデルは自分の娘を王子の妃にしたいのだ。  アンリエットは将来の王妃になりたいのだ。どんな汚い手を使っても        〇〇〇  判決(笑)は一週間後に出た。  その間わたしは王宮の牢屋で黴パンと腐ったスープだけ食していた。  隠し持っていた消毒サプリがなければ、食中毒で死んでただろう。  わたしは一人で国外追放されることとなった。  「ド・リジュー公爵令嬢」  判決後、牢番は涙ながらに言った。 「実は未だに陛下はこのことをご存じないのだとか。あのバカ様が勝手に決めたことでして」 「あいつしか次期国王候補がいないので、やりたい放題なのね。王妃様がいらっしゃれば・・・」  賢妃と称された亡き王妃で、アルフォンス王子の実の母。  慈愛深く大変賢明で王国の危機を何度も救ったのだとか。2年前に突然亡くなられた。  王妃様と共にこの国の未来も潰えたような気がしてならない。権力闘争に明け暮れる貴族  私腹を肥やし、狂った鶏のごとく無駄な鬨をついて見栄を張る。  国民の惨状など目に入らないだろう。  魔道アカデミーですら堕落していた。  教授も学生も確かに魔力はあるが、国のために役立てようとする者などいない。  ふわふわ頭の令嬢にエエカッコシイのご子息たち。友人などいない  ギルドでひたすら魔物狩りしていた方が充実していた。懐も豊かになったし、学校など単位さえ取れればよいのだ。  国王陛下は穏やかなひとだが大変鈍く、王子はあのざま。  王女様方はリエットと大差ない。大貴族は権勢を見せつけることに終始している。  役人は汚職だらけで、魔物はいたるところにはびこっている。この国はもう終わりだ  わたしは決心した。義母やリエットには負けない。  殺されずに生き延びて、絶対に幸せになる。        〇〇〇  さて、行き先を決めなければならない。  留学していた国がよいかもしれないが、そこは既にリエット側のスパイがうようよしているだろう。  ということは、そちらに行くと見せかけて北側のニール国に行くしかない。  民主主義の国で魔道具生産が有名な国だ。  うちの国とはさほど仲が良いわけではないが、今のところ戦争になっていない。  見た目はさほど変わらないが言語が違う。  私はニール語を8歳のころから勉強しているので何とかなる。  出立の日が来た。死刑囚を乗せる黒い馬車に乗せられた。  アルフォンス王子はご丁寧にもリエットと仲間たちと共に侮蔑のお別れをしにきた。  バカ父はワアワア泣き、黄金ドレスのアデルは罵声と笑い声を響かせた。  思い出しても腹が立つだけなので、これ以上書きたくない。  とにかく、最低の人間とはこうして別れた。もうここに戻ることはない  馬車が街道を外れて西の森に入ったところで止まった。やはりそう来たか  御者や番兵が襲いかかってくるがすべて魔法で倒した国外追放なんて真っ赤な噓。  秘密裏にわたしを始末するつもりだったのだ。 「おれの出番がなかったっすね」  樹の陰からひょろっとした若い男が出てきた。リアンだ  母の代からわたしに仕えている、影使いの一族の出だ。  東方人の血が混じっており、わたしと同じような黒髪に深紅の瞳。幼馴染だったりする 「わたしは一人で国外追放される予定なのよ」 「おれがそれに従うとでも?」 「まさか」 「よかった。お嬢が生きてて」  リアンのルビーのような瞳が心なしか潤んでいた。 「王宮の牢獄、魔法がかかってて侵入できなかった。お嬢に何かあったら宮廷ごと爆破してやろうと思ってた」 「一応無事だってば。もうこんな国、用はないし。さて、ティール国経由でニールに行きましょう。あそこだったらこの国の回し者は少ないでしょう」       〇〇〇  この時を予想していた。  わたしが追い出され、地位も権力もなにもかも失うことを。  家族もいないし、住む場所もない。  何もないけれど、わたしは自由だ。  傍らにはリアンがいる。  幼なじみの忠実なリアンが。  国を離れる船の上で、蜂蜜酒で乾杯した。 「わたしたちの自由に乾杯」 「おれたちの未来に乾杯」  白髪頭の老夫婦に変身したわたしたちに注意を払う乗客はいない。  本当に自由だ。  働いて、好きなものを食べ好きな場所に住もう。  困難があったならば、自らの頭脳と魔力で解決しよう。  わたしは鳥よりも自由だ。        〇〇〇  あれから30年が経った。  あの後無事ニール国に着いたわたしたちは、冒険者ギルドに行った。  そこで働き、その間リアンは魔道具制作の職人に転職した。  今や首都に立派な工房をもつ親方だ。  有能な弟子も多く輩出し、皆から慕われている。  わたしはといえば、ギルドで数年働いた後リアンと結婚した。  こうなる運命だったのだろうと思う。  お互い子供のころから知っているし、リアンはいつもわたしを心配してくれる。  わたしの悲しみを悲しみ、喜びを喜んでくれる。  5人の子宝に恵まれ、皆それぞれりっぱな職業に就いたり良家に嫁いでいった。  もうすぐ孫が生まれる予定だ。 「ふ・・・フガ・・・?ジュヌ・」  とぼけた声が聞こえた。  父シャヴィエルだ。  齢90となり多少ボケているが、体は今のところ健康そうだ。  そう、あの愚かな父は訳あって同居している。  わたしの故国が消滅したのだ。  わたしがニール国に逃れた後、国王陛下は崩御された。  アルフォンスは即位し、アルフォンス16世となった。妃はもちろんアンリエット  豪奢の限りを尽くした結婚式だったそうな。  しばらくして父シャヴィエルはいわれなき罪を着せられて逮捕、ダンプル塔に監禁された。  やはりアンリエットは父の娘ではなかったのだ。  彼女とその母アデルはロアン公爵の回し者だった。  ロアンは前王朝とのつながりのあるリジュー家を危険視しており、何とか排除しようとしていたのだ。  それなのに父ときたら何も手を打たず、いともやすやすと魔の手に引っかかってしまった。  最初の10年は、国は平穏無事だったようだ。  しかしその後、寒波が突如として国土を襲った。  加えて魔物が大量発生し、とうとう王都まで達した。  王家や政治家はそれでも手を打とうとせず、激怒した民衆が革命に踏み切ったそうな。  アルフォンス王と妃リエットは逮捕され、ゴンゴルト広場に置かれた断頭台で処刑された。  二人の子女も牢で獄死、ここに王家の血は途絶えた。  贅を極めたアデルもロアン公爵もみな首を刎ねられた。  アルフォンスやリエットの取り巻きたちも、貴族たちも、皆処刑された。  アカデミーも解体され、徹底的に破壊しつくされたそうな。  ダンプル塔は市民軍によって解放され、父は命からがら国外脱出した。 「たった一人の肉親だろう?なんやかんやで心配だと思って」  故国の状況を把握し、父をニール国に連れてきたのはリアンだった。  もちろん事前に私の許可を取ってからの行為だ。 「ジュヌのお父さんなら、おれの義父でもあるもんな。まだ恨んでる?」 「多少はね」  しわしわになった父の寝顔を見つつわたしは答えた。  テーブルには描きかけの絵が置かれている。  黒髪少女が白いブランコに乗っている絵だ。  辛かった時、父はわたしを支えてはくれなかった。  アデルやアンリエットの悪行にも怯えるばかりで助けてくれなかった。  王子に婚約破棄されて牢にぶち込まれたときも、泣くだけで何もできなかった。  だめな父、だめな貴族だった。  それでも、この世でたった一人の親に違いはない。  清潔な環境、あたたかなベッドと滋養のある食事を与え、寿命が来るまで面倒を見ようと決めた。  だから同居している。 「毒を喰らわば皿まで、よ。感謝してる、リアン、愛しい人シェリ」 「ジュヌに会えてよかった。愛しているよ、永遠に」  唇と唇が触れる。  お互いの黒髪は銀色が混じっている。  出会った時と同じ、暖かな感触が体を支配する。  この先どれぐらいこの幸せが分からない。でもわたしは、かつて悪役令嬢といわれたわたしは今幸せだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加