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本当はもう限界だった。
初めてはなるべく優しくしたいと思いながら、頬を真っ赤にして涙目で見つめる杏葉を前にしているとめちゃくちゃに愛して、とろとろに蕩けるまで抱きつくしたい衝動に駆られる。
誰も知らない、誰にも見せたくない壱護だけが知る杏葉。
いつも彼女は仮面を被っていた。
強い女だと見せかける仮面を剥いでしまえば、そこにいるのは自分のことを曝け出すのが苦手な不器用でかわいい彼女がいた。
「杏葉、」
「あっ」
杏葉の首筋に舌を這わせる。
「……っ、」
くすぐったそうに身を捩らせる杏葉を離さないとばかりに、耳たぶを甘噛みした。
「やっ……!」
「ねぇ、ダメなの?」
耳元で囁けば、吐息がかかる。
壱護の視線と杏葉の視線が絡み合う。熱を帯びた壱護の瞳は、逃がさないとばかりに杏葉の心を射抜いた。
「っ、壱護……」
腕を回して壱護に抱きつく杏葉。
彼女をぎゅっと抱きしめ返し、どちらからともなくキスをする。貪るように互いの吐息さえも奪い合い、薄暗い部屋には二人の息遣いと漏れ出る杏葉の甘い声だけが響いた。
「ん……っ、あ……っ!」
最初はかりそめの仮面夫婦だった。
なのに惹かれるまではあっという間だった。
これからも仮面夫婦は続けることになるのだろう。
仮面を剥ぐのは二人きりの時だけでいい。
少なくとも壱護は、妻の素顔を誰にも見せる気などなかった。
「――愛してる、杏葉」
fin.
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