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「気にするな。そもそも俺とまともな試合ができる人間など、この国に五人といない――と云っては過言だがな! それにしても宮代はずっとゲームだな」
「いつものことです。いつもは携帯ゲームで」
「ふむ。彼女を見ていると、あまり探偵のイメージに合わないが」
「そうなんですよ! やっぱり思いますよね? もっと個性的にと云うか――探偵とはこうあるべき、みたいな話はよくしているんですけど。聞く耳を持ってくれなくて……」
「きみも苦労人なんだな。ほら、サラトガ・クーラーだ」
「お酒ですか?」
「ノンアルコールだよ。ジャンジャーエールにライムを加えている」
「へえ。いただきます」
美味しい。爽やかで飲みやすい。
文丈もバーの向こう側で同じものを飲み、それから僕を指差した。
「そうだ。浦羽は霊感を持っているか?」
「持ってないです」
「怪談の続きをしようってわけじゃないんだがな、昨晩のことだ。深夜の、二時過ぎだったかな。目が覚めた。喉が渇いていたんだ。しかし部屋に持ち込んでいた飲み物は切れていた。これじゃあ眠れない……」
彼は目を細めて、思い出しながら言葉を紡いでいる様子だ。
「俺は部屋を出て、此処に来た。食糧庫は遠いだろう? 飲み物なら此処にもある。電気は点けっぱなしだった。今と同じだよ。ミラーボールがびかびかと光を反射していた。俺はその棚からコップを取って、蛇口をひねって出た水でふちまで満たした。それを一気に、ゴクゴクと飲んで渇きを癒した。そのときだよ」
身を乗り出して、声を一段と低くする。
「俺は緩やかの霊を見たんだ」
「え?」
人差し指の先が、ビリヤード台の方に向けられる。
「あいつは、ビリヤード台の陰からぬうっと現れた。俺の方に振り返ることなく、その扉を開けて部屋を出て行った。三秒にも満たない間の出来事さ。俺は声も出せなかった。呆気に取られて、立ちすくんだ」
「……それ、本当の話ですか?」
「当たり前だろ!」
文丈はカウンターを叩いて怒鳴った。その顔は真剣そのものだ。
「これは本当だ。乱暴されて殺された女の話とは違う」
「やっぱりそれは作り話だったんですね」
「俺には霊感があるんだよ。あれは緩やかだった。サラシを巻いていたしな……」
「サラシ?」
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