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「本当に困ってしまいまして。どうやら強盗なんかじゃないみたいです。電話の後も探してみましたが、やっぱりなにも盗られていませんのでね。セキュリティもしっかりしていますし。すると犯人は身内の誰かかも知れんのですよ。しかしみんな、自分じゃないと云い張るんですな。もちろんそうであって欲しいですがね。そうは云っても、もしも身内が犯人なら、警察を呼ぶ前に家族の作戦会議が必要でしょう。世間体がありますから。あるいは強盗とかでなく、足袋に恨みを持った何者かが侵入したなら、そうと知っておきたいわけで。とにかくここはひとつ、探偵さんのお力を――」
「分かった分かった。訊いてもないことをダーッと喋らないで」
千鶴は片手を振ってあしらった。彼女は誰にでもこんな態度だ。
「あとみんな、廊下に溜まってないで這入ってきて。ほら早く。そうそう。これで全員だね? じゃあ道雄、その手帳でいいから、みんなの下の名前と被害者との関係を書いてもらって。袴、父親って感じで。ひとりひとり自分でね」
僕は云われたとおり、みなに手帳とペンを渡して順々に書き込んでもらった。
父親の袴。下手な字だ。表情はずっと苦笑い。息子の死にショックを受けている様子はあまりない。もっとも、この家の主人として、努めて気丈に振舞っているのかも知れない。
母親の羽織。乱れた字だ。うりざね顔の美人だが、いまは目元が赤く腫れていて、啜り泣きを続けている。死体に背を向け、壁に手をついている。
兄の襦袢。雑な字だ。顔も仏頂面だけれど、思いやりの心はあるらしく、羽織の隣に立ってその背中をさすっている。父親と違って引き締まった身体つきだ。
義姉の詩乃。きれいな字だ。襦袢の妻で、年齢は二人とも二十代前半に見える。不安そうな表情を浮かべ、落ち着きなくキョロキョロとしている。
妹の雪駄。ちまちました字だ。前髪が長いうえに俯きがち。肌も白く、普段からあまり活発な方ではないと思われる。歳は十五、六だろう。
家政婦の帯。特徴のない字だ。眉根を寄せて唇を噛み、沈痛な面持ちでみなの後ろに控えている。
以上、六名。しかし千鶴は手帳の字を大して確認せず、みなに質問する。
「前はこの位置にベッドが置いてあったみたいだね?」
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