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「しかし、深夜の話なのだろう? そんな子がひとりで出歩いているのは奇妙だ」
「うん。私もそう思ったけど、話し掛けたりはしなかったね。で、私は十八階のボタンを押して、扉のすぐ横に立ってたの。女の子もどこかの階。憶えてないけど、たしか十階くらいを押したんだよ。私より下だった。押した後は私の後ろに立ったから、姿は見えなくなったんだよね」
みな、じっと聞き入っている。沢子なんかは胸の前で両手をぎゅっと握っている。
僕は毎日使っているエレベーターなので、より明確にその光景を想像できてしまう。
「扉が閉まって、エレベーターが動き始めた。私はぼーっとパネルの階数表示が上がっていくのを見てたんだけど、途中で、全然止まらないことに気付いたの。女の子が押したボタンの階を過ぎてたんだよ。それで振り返ったら、女の子がいなくなってた」
「えっ」
「それにね、ボタンを確かめると、十九階だけが光ってるの。私が押した十八階は光ってなくて、十九階だけが押されているんだよ。階数表示は十六とか十七まできてて。私は十八階のボタンを押して、そしたら間に合って十八階で扉が開いたから、そこで降りた」
千鶴は記憶を確かめるかのように、自分で一度頷いた。
「そ、その後はどうなったんすか?」
「普通に自分の部屋に帰ったよ。アイス食べてゲームの続きした。ああ、道雄はもう寝てたかもね。起きてたら話してたはずだから」
「いや、次の日とかに話してくれよ」
「こわー……めちゃ怖いじゃないっすかー……」
沢子が両腕をさする。文丈も「スーーッ」と大きく息を吸った。
「もし気付かずに十九階まで行っていたら、どうなっていたんだろうな?」
「あー怖い! 怖いっす!」
僕は「待ってくれ」と云う。自分の住居のことだし、このままでは終われない。
「本当に心霊体験じゃないか。どういうトリックなんだ、それは」
「おい浦羽、これは怪談だぞ。マジシャンにタネを訊くような野暮はよせ」
「そうですけど……千鶴は探偵でもありますからね。やっぱり謎は解かないと」
云った後で、さすがに無理矢理な理屈かと思ったが。
「まあ、ぼーっとしてただけだと思うよ。単純に。女の子が降りたのに気付いてなくて、ボタンも押し間違えてたんじゃない?」
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