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「霊感とかないのよ。体験したこともないし、聞いた話もない」
なんだか機嫌が悪そうだ。先ほどから口数も少ない。
文丈もそれ以上は要求しなかった。「じゃあ俺だな。最後は」と云って、手を両膝に乗せて身を乗り出すと、普段よりも声のトーンを低めて話し始める。
「これはネット上で出回っている話だ。どの事件のことなのか、いつ、どこで起きたことなのかというのは分からない。いくつか噂はあるが、どれも証拠には乏しくてな。どこかのコテージに泊まった、若い男女の話なんだが……」
怪談を話そうと云い出した本人だけあって、話し方もそれっぽい。
「女はひとりで、他は男だった。そして酷い話だが、男たちは其処で女に乱暴をしたんだ。はじめからそういう目的だったのか、急にやりたくなったのか。しかも乱暴した後で、女が逃げ出さないように、片方の足に足枷を嵌めた。監禁状態だよ。乱暴は一度で終わらず、それからも続いた。相当に酷い内容だったのだろう。女が逃げ出すためにやったことが、それを物語っている」
彼の表情が痛切そうに歪んだ。
「女は食事だけは与えられていた。そのときに一緒に出されたフォークで、男たちがいない間に――はじめは足枷の、鎖の方を壊そうとしただろうな。しかしできなかった。だから自分の足の肉を削ったんだ。激痛に耐えて、血だらけになって、やっと足枷から抜けるまで肉を削った。その足を引きずって、あるいは這うようにしてか、女はコテージから脱出しようとした」
そこで少しの間があけられた。
「結果は、駄目だった。女は脱出できなかった。玄関の前で捕まったんだ。足の肉を削ってまで逃げようとした女の姿を見て、男たちはまずいと思ったのだろう。遊びでは済まされなくなったと悟った。男たちは女を殺して、死体を遺棄した」
「ちょっと」と、香久耶が口を挟んだ。
「それ、怪談じゃないわ。嫌な話じゃないの」
「悪いな。だが、俺がこの話をしたのには理由があるんだよ」
文丈はぐいっと、さらに身を乗り出した。
「そのコテージというのは、此処なんじゃないか?」
いやいや……と僕は思う。
沢子も「なんで、そう思うんですか」と訊ねる。
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