三田池邸の殺人

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「待ってください。どうして帯は、そんなことをしたんです?」  袴の問いに、千鶴は事もなげに答える。 「犯人が左利きなのを隠すためだよ。足袋さんは頭の左側を殴られた。いまの配置なら、椅子に座った足袋さんのすぐ右側が壁だから、右利きだったとしても左から殴るしかない。だけど、もとの配置は左右どちらも空いているから、犯人はあえて左から殴った、つまり左利きだったと分かっちゃうでしょ? さっき手帳に名前を書いてもらって確かめた。このなかに左利きは、雪駄ちゃんしかいないね」  今度は雪駄に視線が集中した。袴が「そうなのかい、雪駄……?」と訊く。彼女は顔を上げない。ブラウスの裾を両手でぎゅっと握り、小さく震えている。 「帯さんは雪駄ちゃんをかばったんだ。犯行に居合わせたのか、後から相談されたのか、死体を見て自分で気付いたのか、いずれにしてもこのままじゃあ唯一の左利きである雪駄ちゃんが犯人だとすぐにバレちゃうから、配置を変えたんだね」 「ああ!」と声を上げて、帯が床に崩れ落ちた。雪駄は「ううっ……」と泣き始めた。  他の者はまだ真相を飲み込めていないのか、唖然としている。そのなかで、羽織がとうとう耐えきれなくなって叫んだ。 「い、いやあああん! あんあんああん! こんなの、いやああああん!」  両手をバタバタと動かして暴れている。襦袢が落ち着けようとして抱き締める。  千鶴は呆れたような顔で、打ち切るように手を叩いた。 「雪駄ちゃんが兄を殺した理由とか、帯さんがそれをかばった理由とかは、家族の作戦会議で聞いてください。じゃあ私たちは帰るんで。道雄、袴さんに小切手を書いてもらって」  三田池邸に到着して三十分足らず。事件は解決した。
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