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緩やかに落涙からの依頼
2
「面白くない!」
車に戻って、僕は嘆いた。
「瞬殺すぎる。小説にならないじゃないか」
「そお? ぐだぐだ長いより良いんじゃない? それより冷房、冷房」
「いつも云ってるだろ。問題の次のページに答えがあったら、クイズ本と変わらない。ミステリは解決までの過程が命なんだよ」
「しょーがないじゃん。すぐに分かっちゃうんだもん。いいから発進して」
千鶴は助手席に両膝を立てて座り、携帯ゲーム機の電源を入れる。僕は三田池邸の駐車場から車を出しつつ、何度目かになるか分からない訴えを続ける。
「もう少し盛り上げてくれたっていいじゃないか」
「わざと苦戦するってこと? 駄目でしょ。人が殺されてるんだから」
「それは、そうだけど。もっとハッタリをきかせるとかさあ……」
「足りないところは道雄が補えばいいじゃん。桜野ナントカもそうしてるんでしょ?」
桜野美海子という探偵の活躍を、塚場壮太という小説家が適度に脚色しながら小説にしており、このシリーズがバカ売れしている。いわば実在するシャーロック・ホームズとワトスンだ。僕ら――というより僕は、これに続くことを狙っている。
「だけど、それにしたって足らなすぎるだろ。千鶴の場合、脚色ってよりほぼ全編が捏造になる。それじゃあ千鶴の人気にならないって云うか……違うんだよ、趣旨が!」
「私は人気者になりたくて探偵やってるんじゃないけどね。あーアイテム足んない。引き返すか迷うなあ」
千鶴はゲームを遊びながらで、真面目に取り合ってくれない。のんびりとした口調でも淡泊な印象になるのが彼女の特徴だ。
「悔しくないのか? 探偵としては絶対に千鶴の方が上なんだ。桜野美海子は最後には事件を解決するけど、それまでに出る被害者の数が多すぎる」
「駄目じゃん。なんで人気なの」
「面白いミステリってそういうものなんだよ。あとはキャラ立ちかな。すごい変わり者で、いかにも小説に出てくる名探偵って感じだから。ああ、もどかしいな。千鶴は優秀すぎるんだ。そのせいで〈小説にしても面白くない探偵〉になってる……」
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