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文丈はレンゲを置くと腕を組み、確かめるように何度も頷く。
「申し分ない。チャーハンの理想形だろう、このパラパラ感は」
「超パラパラ! 超マザファッカーっすよ!」
沢子のコメントは誉め言葉として怪しいが。
「ありがとう。あたしの勝ちね。もう勝負のことなんて忘れていたと思うけれど――」
「待てこらー」
千鶴が両手を腰にあててご立腹の様子だ。こんな仕草も珍しい。
「次は私でしょ。この女のチャーハンでお腹いっぱいにしないでよ」
「そのつもりだが……宮代、もう対決は無しにしたらいいんじゃないか?」
文丈は宥めるように云う。
「香久耶はずっとチャーハンを研究してきたわけだが、きみは違うだろう?」
「そうっすよ、千鶴ちゃん。はじめから対等な勝負じゃないっす。千鶴ちゃんも美鳥ちゃんのチャーハン食べて、最高な興奮を味わったらどうっすか?」
「いいから。食べてからどうぞ」
手で促す千鶴。隣の香久耶は「折角の情けだったのに」と憐れんでいる。
僕らは千鶴のチャーハンを手前に引き寄せる。香久耶のようにきれいな半球とはなっておらず、はじめから崩れて皿の上に盛られている。パラパラ感は少ない。チャーシューの大きさもまちまちで、つくり慣れていないことが窺える。
得意分野でもなんでもないのに、どうして香久耶に張り合おうとしたのだろう? 改めて疑問に思いつつ、僕はチャーハンをレンゲですくう。
そのとき突然、隣の文丈がソファーからずるりと滑り落ちた。
「こ――ここ、これは!」
床の上で目を見開き、レンゲを持ったまま震えている。
その向こうでは、沢子が「んーーーーーッ!」と叫んで立ち上がった。
「美味すぎます! え? 美味すぎますッ!」
二人とも千鶴のチャーハンを食べてそうなったらしい。
文丈はソファーの上に戻らないまま、無理な体勢で卓上のチャーハンをすくい、再び口に運ぶ。そして電気ショックでも食らったかのように身を跳ねさせる。
「あああああああっ! まさか! まさか! こんなに美味いチャーハンが!」
「手があ、手があ、止まらないっすうううう~~~~~」
沢子は口いっぱいに頬張ったチャーハンを飛び散らせながらそう云い、さらにもどかしいとばかりに手に持った皿を傾けて、チャーハンを限界の口に押し込もうとする。
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