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「そんな――二人とも、ふざけないで」
香久耶は眉を顰めている。僕も二人の大袈裟なリアクションに戸惑いながら、とにかく千鶴のチャーハンを食べてみる。
え! なんだこれ。めちゃくちゃ美味しい!
確かめるように、すぐに二口目。三口目。そんな。そんな馬鹿な。文丈や沢子のように飛んだり跳ねたりはしないまでも、これは只事ではない。
顔を上げて、一歩ひいた位置からすまし顔で僕らを眺めている千鶴に問う。
「千鶴……これ、どうしたんだ? お前、こんなに美味しいチャーハンをつくれたのか?」
「まーね」
愕然とする。僕はこれまで毎日、彼女に料理を振舞っていた。チャーハンだってつくったことはある。しかしその相手は、僕をはるかに上回る腕前の持ち主だったのか……?
「嘘。そんなわけが」
香久耶はレンゲを持つと身を乗り出し、千鶴が自分用に皿に盛っていたチャーハンを口に入れた。直後、彼女は目を見開いて硬直した。それからゆっくりと、千鶴の方へ振り向いた。
「貴女……何年、チャーハンをつくってきたの? 歴は……」
「別に? 前に一回か二回、つくったことはあったと思うけど」
黙り込む香久耶。時が止まってしまったかのように。
沢子は「おかわり! おかわりください!」と、文丈は「マスターピースだ! 人類が滅びても、これだけは宇宙に遺すべきチャーハンだ!」と喝采している。
そのなかで、千鶴だけがなんてこともなさげに、香久耶に対して云う。
「ごめんね。私が天才で」
香久耶は、床に膝を着いた。糸が切れたみたく、がくんと項垂れた。
前髪に隠れて目元は見えないけれど、きつく唇を噛み、一筋の涙が頬を伝った。
「美味い美味い美味いッ! 生きてて良かったっすううううう!」
「俺は伝説に立ち会ったんだ! うおおおおおおおおおおおお!」
大騒ぎを続けている二人を横目に、千鶴が僕に問い掛ける。
「で、道雄――どっちの勝ちなの?」
いつもの飄々とした彼女だ。その高い能力に裏打ちされた余裕の佇まい。
「千鶴ちゃん! そんなの訊くまでもないっすよおおおおおお!」
「太陽が東からのぼるくらい、明らかだああああああああああ!」
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