それは“恋”だった

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それは“恋”だった

 勇馬を友達じゃないとして、はっきりと意識したのは、中学2年の秋だ。  幼稚園以来、同じ小学校、中学校と進んで、クラスが離れるときもあったけれど、ずっと友達だった。運動能力の高い彼はスポーツ全般に長けていて、サッカーでもバスケでも、なにをやらせても目立っていた。だから常に女の子達から黄色い歓声を浴びていたし、確か小学校3年生の頃には彼女(ガールフレンド)がいた。  一方の僕はといえば相変わらずの陰キャで、クラスの中でも目立たない地味なポジションをキープし続けた。もちろん彼女なんてとんでもない。女の子に関心がなかった訳ではないけれど、それは“男の子とは違う存在”という未知への興味であって、恋心とは縁遠かった。一緒にいて楽しい、ドキドキするのは勇馬といるときで――でも、それが特別な感情だとはまだ気付いていなかった。 「陽大、しばらく一緒に帰れない。悪い」  中2の秋、勇馬は放課後の掃除の途中、他の人に聞こえない程度の小声で、僕に耳打ちした。 「しばらく、ってどれくらい?」  黒板消しを上下に動かしながら、モップを手にした彼をチラ見する。視線を合わせない彼の横顔は困り顔みたいだ。 「当分。悪い、本当に」  早口で応えると、理由を言わずにそそくさと教室の奥に行ってしまった。  その頃、彼がバスケ部でレギュラーを争っていることを知っていたから、部活絡みなのかと思ったけれど、だったらはっきり言えばいいのに。なにかを隠すような素振りが、胸の辺りをザワつかせた。  ほとんど毎日一緒に登下校していた勇馬がいない。美術部だった僕は、鬱積する寂しさや喩えようのない憤りを創作にぶつけた。  あからさまに描きはしないけれど、勇馬を想いながら筆を握った。そうして出来た作品を見て、美術部顧問の蒔田(まきた)先生は感想を口にした。 「これは……“恋”ね。とても強い想いが迸っている」 「そんなつもりじゃ……」 「あら。それじゃ、気付いていなかったのね」  青紫を基調にした抽象画なのに、先生はそこに僕の深層心理が反映しているのだと微笑んだ。  勇馬を想って描いた作品が“恋”を表しているのなら、僕は勇馬に恋しているのだろうか。 「とても良い作品だわ。竹田(たけだ)君、今度のアートコンクールに出しましょうか」 「えっ」 「明日までに書類を揃えておくから、取りに来なさいね」 「あっ……はい」 「それと、タイトルも考えておいてね」 「分かりました」  思いがけない展開に驚いたが、周りの部員達からも称賛の言葉をかけてもらい、徐々に気持ちが高揚した。  勇馬に教えたい。いや、聞いて欲しい。夢中で描いた作品が、コンクールに参加出来ることになったって――。  部室を出た僕は、まだ明かりの点いている体育館に向かった。一言伝えて、「良かったな」の言葉が貰えれば……。僕は舞い上がり、冷静ではなかった。  体育館を覗くと、既にバスケ部の練習は終わっていた。諦めて帰ろうとしたとき、奥の用具入れから出てくる人影が見えた。勇馬と背の高い女の子だ。 「勇馬ぁ、今日うちに来てよ」 「ダメだって。親にバレるって」 「この前みたいに竹田君の家に泊まるって、電話すればいいじゃん」 「いや、あれは急だったし」 「ねぇー、あたしんち、今日誰もいないからさぁ……しようよぉ」  女の子はマネージャーだろうか。彼の腕に胸を押しつけるようにくっついて、甘えた声でねだっている。 「あ……陽大……!?」 「えっ、竹田君? え、なんで?」  2人の視線が突き刺さる。喉の奥が詰まって、なにも言えないまま立ち尽くしていたけれど、気まずげに歪む勇馬の表情を見た途端、弾かれたように廊下を駆け出していた。
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