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疑惑の始まり
「なに、これ……」
勇馬の冬物のスーツをクリーニングに出す前に、ポケットの中を確認していた。すると、ペットボトルのフタくらいの大きさの丸い輪っかが出てきた。謎の輪は、細い針金をグルグルッと三重に巻いただけのもので、なにに使うのか、全くもって用途が分からない。
「ねぇ、勇馬。こんなのが、紺のスーツの上着から出てきたんだけど?」
「あーっ、それっ! 探していたんだ、サンキューなっ」
「あ……うん……」
あっけらかんと応えられて、僕はそれ以上の追及が出来なかった。
だけど……。
別の日、スーツの糸くずを取っていたら、内側のポケットから甘い香りの染み込んだカードが出てきた。
「なんなんだよ……これ……」
「Club Crossover」の店名の下に「寧々」という名前がある。これって、恐らく華やかな女性達が接客する夜のお店だ。
「勇馬、まさか……」
夏の入道雲のように、僕の心の中で灰色の雲が膨れ上がっていった。
僕と勇馬が同居を始めたのは、半年前だ。出会ったのは、ずーっと前で、なんと幼稚園児まで遡る。
親の転勤で、季節外れの秋の途中に田舎から越してきた僕は、都会の幼稚園に馴染めなくて、いつも集団から少し離れてひとりで遊んでいた。引っ込み思案でマイペースな性格も災いしたのかもしれない。
「なにしてるんだ?」
「えっ……」
「なんか、珍しい虫でもいる?」
「あの……えっと」
近所の公園にお出かけした日、遊具ではしゃぐ子ども達から離れ、僕は枯れ枝で地面に絵を描いていた。
突然背後から声をかけられてビックリしていると、彼は僕の肩越しに地面を覗き込んできた。
「あっ、これラビラビーだ! そっちはアリゲートルだろ?」
僕が地面に描いていたのは、当時子ども達の間で大人気のモンスターゲームのキャラクターだった。
「君も、ウィズモン好きなの?」
「うん! この前、誕生日に新作のソフトを買ってもらったんだ!」
「わぁ、いいなぁ」
「じゃ、うちに来いよ! 一緒に遊ぼう!」
こうして誘ってくれたのが、仲良くなる切っ掛けだった。転園後、初めて出来た友達は、明るくて楽しくて、友達が沢山いる人気者だった。彼が僕と一緒にいたので、自然と他にも遊び仲間が出来た。
勇馬の家に5、6人集まって遊んでいたときのことだ。彼のママが、僕達のオヤツに手作りクッキーを出してくれた。みんな大喜びで、ワッと大皿に群がった。ちょっと出遅れた僕は、クッキーを食べることが出来なかった。悲しかったけれど、我慢して黙っていたら、勇馬が僕を手招きした。
「陽大、ここ、叩いてみてよ」
「た、叩く?」
「そ。ドンって」
彼は、自分が着ているシャツの胸ポケットを指差した。戸惑ったけれど、僕はポンって右手でポケットに触れる。
「ダメダメ。もっと強く叩けって」
仕方なく、手をグーにしてエイッと力を込める。ゴツ、となにかの感触があった。
「ま、いっか。はい、これ」
勇馬は胸ポケットをちょっと覗くと、2つに割れたクッキーを取り出して、その1つを僕に差し出した。
「あ、ありがと……」
ポケットを叩いて2つになるのはビスケットなんだけど……なんて思いながら、彼のあっけらかんとした笑顔に押されて、貰ったクッキーを囓った。フワンと甘いミルクの香りが鼻から抜けて、いつの間にか僕も笑顔になっていた。
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