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不安しかない夜
「おーい、よーたぁー」
「うわっ、酒臭っ!」
GWが過ぎた頃、久々に勇馬が深酔いして帰ってきた。深夜2時に手が届こうかという静寂の中、チャイムを連打して、玄関で靴も脱がずに倒れ込んだ。
「もー、こんなところで寝ないでよ!」
「あー……優しぃなぁー……よーたぁー」
両足から靴を外して、両脇に腕を差し込むと力の限りに廊下を引きずった。スプリングコートがズルズルとフローリングに擦れたが、非力な僕が身体の大きな勇馬を動かすには、この方法しかない。
ひとまず、リビングまで運んで、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを持ってくる。
「勇馬、水、いる?」
「んー……飲ませてー」
「なに言ってんの! ほらぁ、ちゃんと持って!」
だらしなく床に転がる勇馬の頭を持ち上げて、ゆっくりとペットボトルを傾ける。唇から溢れる水をティッシュで拭いて……はぁ、なにやってんだろう。
そのあとも、なんとかベッドルームまで引きずって、床からベッドの上に引き上げた。こんな深夜に汗だくの重労働。この見返りは、夜景の見える個室でディナーかな。久しぶりに、おねだりしてデートするんだ。
「スーツも脱がすからねっ」
コートに続いてスーツも剥いでいく。あーあ、クリーニングに出さなくちゃ、もうシワだらけだ。
「ん?」
お酒の匂いに隠れていたが、スーツをハンガーに掛けたとき、覚えのある香りが鼻を掠めた。これは――。
「……やっぱり」
上着のポケットからメモが出てきた。例のクラブの「寧々」さんのカードに付いていた香りを纏って。
『5/28 14:00 青山 Sorriso Felice』
……嘘でしょ。“Sorriso Felice”って、今、若者に人気のブライダルサロンの名前だ。
まさか、勇馬――。
振り返り、ベッドの上で寝息を立てている彼をしばらく見詰めていたけれど、やがてメモを上着のポケットに戻して部屋を出た。
元々、勇馬の恋愛対象は女の子だった。あの中2の彼女――バスケ部のマネージャーが初体験の相手で、彼女の浮気が原因で別れたあとも何人かと付き合っていたことを知っている。高校でも相変わらずモテていたし、それは大学でも同じだ。
僕は、あの抽象画が特別賞を貰って、それがきっかけで絵の仕事を考えるようになった。勇馬の側にいたくて、同じ高校に通ったけれど、大学は別々の道を選んだ。彼は私大の経済学部に進み、僕は美術系の大学に進んだ。
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