確かなぬくもりを手に帰路につく

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「え、あれ?」  上着のポケットの中に手をつっこむと、暖かいものが手に触れた。  何か準備していたっけ、と思いながら掴んで少しからポケットから出して見れは、市販のカイロだった。 「いつの間に……?」  こんなもの突っ込んだ覚えはない。  行きはポケットをまさぐっても何も入れてなくて、困った。  走って来た飛び乗った電車は暖房が暖かく、いつもは持っているハンカチで汗を拭こうとしていたからだ。  結局汗はそのままになって、若干身体を冷やしながら友人である真咲(まさき)の家までついたのだ。  そこでいつも通りに打ち合わせして、撮影して、昼ごはん食べて。  それから軽くだらだらと喋って、また撮影して、夜ご飯後に出て来た上着がこれだ。  誰がそうしたのかここまでくればすぐにわかるので、今後ろに立っている男の方を振り返った。 「もしかしてお前か、真咲」 「は? 何が?」  ちょっと照れくさくてニヤニヤしながら問いかけたら、心底面倒くさそうに言われた。  ポケットから今度はしっかりとぬくもりを取り出して彼の前へと差し出す。 「ほら、これ。このカイロ。丁度いいタイミングで入れておいてくれたのはお前だろ?」 「ああ。それか、そういえば準備してたな。八尋に風邪ひかれると面倒だから」 「やっぱり……って面倒が動機かよ」 「悪いか? 熱が出るとお前必ずこっちに連絡してくるからやることが増えるんだよな」 「ごもっともでございます。だってオレそんなしっかりしてねぇし」 「朝来てるし帰り寒いだろうなって思って入れただけなんだけど……無しは風邪引くぞ?」 「それはそう。さっみぃんだよな早い時間に真咲んち来ようとするとさ」 「明るい時間に来て泊ってけばいいのに」 「……え。お前天才じゃね?」 「普通だよ」 「つまりオレは、並以下だと……?」 「面倒な受け取り方してなくていいから帰れよ、暗くなるぞ。うちじゃ見れない配信見るんだろ?」 「あ、そうだった!!」  今日の夜には有料配信イベントを見る予定なのだ。  普段ならスマホでもログインできるのだが、しばらく触ってなったせいかログアウト状態になっていた。  詳しい会員情報は家にしかないし、流石の真咲もどうこうできるものでもない。 「あとそれも、ポケットから出してるとすぐ冷めちゃうぞ」 「確かに。玄関の方は冷えてるもんな」 「ここまで温めてたら電気代すごいことになるからね。貧乏じゃないけどすごく裕福っていうか、有り余ってるわけでもないから」 「わかるわかる、出来る事なら温めたいけどそうもいかないから、カイロって便利だよな」 「世間話は良いから帰りなよ、ほんとに配信遅刻するぜ?」 「あ、そうだった! じゃあな、真咲!」 「おー」  見せていたカイロをポケットに突っ込んで、ゆっくりと走り出す。  肝心な言葉を言い忘れていたので振り返って叫んだ。 「あ、真咲!」 「なんだ……?」 「ありがとなー!」 「……おー!」  こぶしを突き上げると、少し恥ずかしそうにではあるが、胸の高さがぐらいまで手を上げて、真咲が乗っかってくれる。  貰ったカイロの入っているポケットに片方の手を突っ込む。  手に伝わるぬくもりを感じながら、今度何かお礼をしようと思った。
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