他人の殺意と血にまみれ、今日も奴等は暗躍する。

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他人の殺意と血にまみれ、今日も奴等は暗躍する。

「ふたりともお疲れ様。早速見てきたよ、今回の現場」  人気のない場所。停められた車内の助手席に、(やす)(ざわ)が嬉しそうな顔で入ってきた。 「脳、心臓、頸動脈。それぞれ銃弾一発ずつ。死体の中には、ひとつの銃弾でふたり一変に殺しているのもあった。テルちゃんの仕事は相変わらず的確で、無駄が一切ないね」  それなら、あらかじめテルの着衣に取り付けられていた小型のカメラ映像をリアルタイムで、運転席の(あきら)も確認していた。 「標的の個人、あるいは組織以外の無関係の人間は、たとえ殺しの現場に居合わせていたとしても、決して殺さない。そこもきちんと、守られているし」  安澤の言葉に、輝も先ほど見返していた映像を思い出す。  今回の標的である組織の人間をあらかたテルが始末し、残るはその親玉だけ。その隣には、親玉に抱えられるようにして、ひとりの女性が始終行動を共にしていた。  妻……ではない。恐らく愛人か。  テルがふたりの目の前に立ちはだかり、殺される恐怖に、待て待てと手の平を向け、その直前に、こいつの腹には俺の……と、言いかけていた。  テルは構わず、あっさりと引き金を引いた。そして無言でその場を立ち去った。親玉の隣で泣き叫ぶ女には目もくれず。そのことを、安澤は言っているようだ。 「彼女のこともご心配なく。お腹のなかの、子どものことも込みで俺がきちんと説得して、納得してくれたから」 「どんな説得をされたんですか」  なんとなく想像はできたが、一応聞いておく。  安澤とその護衛数人が目の前に現れ、最初彼女は逃げようと腰を上げた。それを安澤が、逃げないで、と強く言った。  今ここで君が逃げて、第三者やら警察やらに助けを求めるつもりなら、俺たちは君を、この場で殺さなきゃいけなくなる。  その証拠に、安澤の護衛全員が彼女に銃を向け、今にも引き金を引くところだった。それを安澤が、待て、と、片手を横にふって静止した。  彼女は自分に向けられた銃の数々に怯え、腰が抜けたように倒れかかった。それを安澤が、寸前のところで受け止め、抱えた。女性はとっさに、自らのお腹に触れ、それで察した安澤が、優しく声をかけた。 「君をここで殺してしまえば、君のお腹なかにいる子どもも、同じように殺してしまうってことになる。俺だって、それは本意じゃない。それは君も同じはずだ」  柔らかな口調に合わせ、安澤が女性のお腹に、優しく触れる。 「今日ここで君が見た出来事を他の誰にも言わず、墓場まで持っていくと約束してくれるなら、当面の生活費と、子どものことは心配しなくていい。俺が、君達を守る。もしそれが呑めないのなら」  柔らかく優しく微笑みを浮かべ、安澤が女性に囁いた。 「残念だけど、君が産まれてくる子どもの顔を、二度と見られなくするしかなくなる」 「理解できないな。妻子でもない赤の他人のガキの面倒を進んで引き受けるなんざ」  後ろから声。  後部座席でふんぞり返って、組織の始末で先ほどまで使っていた銃をいじっているテルだった。今が夜ということもあり、上下黒の服装を身にまとった彼の姿が闇に溶け込み、表情はよくわからない。 「テルちゃんは、理解できないだろうね。でも輝ちゃんなら、わかってくれるよ」  人懐っこく柔らかな微笑みは、様々な業者を率いる元締めである裏の顔を、上手く覆い隠していた。 「……氷柱(つらら)、いくつになった?」  唐突に問われた。同時に、安澤に言われているような気がした。  輝ちゃんだって、テルちゃんの実の子どもの面倒を、進んでみているじゃないか。  安澤が、輝とテルの裏の事情など、知っているわけがない。 「氷柱は今年で十六、ですが」 「もうそんな歳になるのか。早いね。子どもの成長ってのは」  仮眠をとるからとっとと出てけ、と仕事終わりで不機嫌な様子のテルに急かされ、輝は安澤と共にテルの車を離れて安澤の車に乗り込んでいた。  安澤の車の運転席と助手席には既にガタイのいい黒服ふたりが同乗していて、輝と安澤が後部座席へ乗り込むと、即座に走り出した。行き先は、氷柱の待つ輝のアパート。  テルと同じ物騒な仕事の後で、その隙をつかれて誰が襲ってくるとも限らないからと、安澤がアパートまで送るよ、と申し出た。 「じゃあテルちゃんとの付き合いは、もうそれ以上になるんだな」  ええ、と、輝は頷いてみせる。 「テルちゃんがそう名乗るようになったのって、輝ちゃんとふたりで仕事をするようになってからだよな」 「そうでしたっけ」 「その前はテルちゃん、確か名無しの権兵衛さんだったよ。テルちゃんも、自分の名前、名乗ることもしなかったし」 「そうなんですか」 「もしかして輝ちゃんじゃないか? テルちゃんのことを一番最初に、そう呼ぶようになったの」 「……何故、そう思うのですか」  安澤が人差し指を立ててみせる。 「輝って漢字、読み仮名を変えれば、てる、とも読めるだろ」 「そう言われればそうですね。気づきませんでした」  あくまで、輝はとぼけてみせた。  そこまで話したところで、輝のアパートの前に、車が停車。テルの名の話題から逃げるように、輝は安澤や黒服たちに送迎の礼を言い、足早に車を降りた。  車が走り去る。  氷柱は既に夢の中だった。  その寝顔に吸い寄せられるように、の寝てる隣に座り、頬を撫でる。  頭の中の、遠い記憶の底で、お父さん、と、幼い氷柱が輝を笑顔で呼ぶ声がして、思わず奥歯を噛み締めた。頬に触れる手が、かすかに震えた。  ……会いたかった。氷柱に、もう一度。  物音に気を遣いながら、リビングのソファへと腰掛ける。  先ほどの安澤との会話で、輝の数十年前の記憶が刺激されていた。  確かにテルをそう呼び出したのは、当時子どもだった輝が最初だった。その由来も安澤が言っていた通り、輝の漢字から連想して、輝が頭の中で適当に選んだ。好きにしろ、とテルは投げやりに言い、以後彼のテルという名は、業者を中心に次第に浸透していった。  テルが名無しの権兵衛を選んでいたのは、本名を呼ばれることが、とてつもなく、嫌だったからだ。その名を呼んだ相手に対し、殺気立ってしまうほどに。  その相手は、輝だった。  何故、どういう形で、それがテルの本名なのだと認識したかまでは、記憶が定かでないが、輝はテルに尋ねた。 「お兄さんのお名前って、ハザマ、トウゴ……」  途端、首を鷲掴みにされ、壁におもいきり、体を叩きつけられていた。  眼前にテルの、その視線だけで人を殺しかねない表情がせまってきた。そして低い声で、 「もう一度その名前を呼んだら……殺す」  そのまま、息の根を止める寸前まで、首を締められ続けた。  意識がなくなり、目を覚ました時には、テルはもう、必要最低限なにも喋ることのない、無口で無表情の、いつもの姿に戻っていた。  それから慌てて、輝が提案したのだ。自分の名前から連想させて適当に考えた、テル、という名を。  (はざ)()(とう)()。  それが彼、テルの、本当の名前だ。  何故その名を、あそこまで忌み嫌っているのかは、輝には、未だにわからないままだったが。  ついでに言えば、テルは輝が出会った時から常にサングラスをつけていた。昼夜問わず、何処へ行くにも。薄めのレンズ、ほんのり目が透けて見える種類の。何故なのかと問うと、その理由は割と素直に教えてくれた。  自分の顔が、大嫌いだから。
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