5人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
フローラは、トレーを持って横から現れた白衣の紳士を見上げ、目を丸めた。
なんて整った容貌だろう。
歳の頃は三十前後と見える。
鼻筋がすっと通った精悍な横顔に、我知らずときめいてしまう。
その人はビジネスマンのように茶髪を左右に分け、前髪を立てていた。
グレーのタートルネックセーターを着ている彼だが、白衣を脱いでスーツの上着に袖を通せば、誰も彼が医者だとは思わないだろう。
これまでフローラが「医者」と聞いて想像してきた姿が、一気に壊れた瞬間だった。
白衣の紳士はフローラに背を見せ、男と対話を続けた。
「ここは、患者さんとそのご家族の憩いの場です。ナンパなら院外でやってください」
「俺はただ彼女と話がしたかっただけでっ」
「こちらの方は、それを望んでいないようですが」
白衣の紳士は、フローラの意思を確認しようと振り返った。
くっきりとした二重瞼の下、どこか暗い雰囲気を漂わせたヘーゼルの瞳に見つめられ、鼓動がいっそう速くなった。
フローラは気恥ずかしさからうつむき、こくりと頷いた。
「だそうです。お引き取りください」
「……オリビア、また劇場まで君に会いに行くよ」
フローラはこれに返事ができず、マグカップのなかで小刻みに震える黒い湖面へと視線を落とした。
去っていく足音と、白衣の裾が揺らめいて近づく気配がする。
顔を上げると、白衣の紳士が気遣わしげにフローラの表情を窺った。
最初のコメントを投稿しよう!