白衣の紳士

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 フローラは、トレーを持って横から現れた白衣の紳士を見上げ、目を丸めた。  なんて整った容貌(かお)だろう。  歳の頃は三十前後と見える。  鼻筋がすっと通った精悍(せいかん)な横顔に、我知らずときめいてしまう。  その人はビジネスマンのように茶髪を左右に分け、前髪を立てていた。  グレーのタートルネックセーターを着ている彼だが、白衣を脱いでスーツの上着に袖を通せば、誰も彼が医者だとは思わないだろう。  これまでフローラが「医者」と聞いて想像してきた姿が、一気に壊れた瞬間だった。  白衣の紳士はフローラに背を見せ、男と対話を続けた。 「ここは、患者さんとそのご家族の憩いの場です。ナンパなら院外でやってください」 「俺はただ彼女と話がしたかっただけでっ」 「こちらの方は、それを望んでいないようですが」  白衣の紳士は、フローラの意思を確認しようと振り返った。  くっきりとした二重瞼の下、どこか暗い雰囲気を漂わせたヘーゼルの瞳に見つめられ、鼓動がいっそう速くなった。  フローラは気恥ずかしさからうつむき、こくりと頷いた。 「だそうです。お引き取りください」 「……オリビア、また劇場まで君に会いに行くよ」  フローラはこれに返事ができず、マグカップのなかで小刻みに震える黒い湖面へと視線を落とした。  去っていく足音と、白衣の裾が揺らめいて近づく気配がする。  顔を上げると、白衣の紳士が気遣わしげにフローラの表情を窺った。
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