第十章 蘇る最悪の記憶⑧

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第十章 蘇る最悪の記憶⑧

 しかも、金持ちの別荘かと思えるほど大きな建物だったのだ。  私はこの世界の平民の住宅事情を知らないのだが、おそらくサラのペットたちのほうが豪華な家に住んでいるのではないだろうか。  厩舎と呼ぶにふさわしくない飼育小屋は二棟あり、一つは動物、一つは魔物と分けられており、広い芝生の庭がついていた。  大型の肉食獣は選んでいないようで、ゲージなどで区切られることなく、住宅で飼われる犬猫のように自由に室内を歩き回ったり飛び回ったりしている。  さらに小屋にはそれぞれの動物たちの大きさに合った専用の入り口があり、動物たちは自由に出入りし、外の空気も満喫していた。ログハウスに取り付けられている玄関は、世話をする人間のためのものだ。  従魔術師としての才能に溢れていたサラは動物や魔獣の躾はお手のものであったため、どの生物も夜は必ず小屋に戻ってくるように訓練されていた。  私が最初に足を踏み入れたとき、魂が入れ替わっていることがわかるのか威嚇されたり警戒されたりしたものの、二週間も経てば警戒心も解けたのか、とても仲良くなった。  懐いてくれて一安心だが、フローラから嫌な話も聞いた。  飼育小屋の動物の数が徐々に減っていると言うのだ。  そして確かに、殺された二匹は飼育小屋で確認した動物だった。  わかったのはそれぞれに首輪をつけていたおかげだが、烏のほうはカラフルで頭が良く、人の言葉を話したため私もよく覚えていたのだ。 (……やっぱり、嫌になるわね)  刑事部所属の警察官だった私は遺体を見慣れている。  だから遺体という忌避したくなるものを見せつけて恐怖を与えるというこの行為は、私にはダメージにもならない。  ただ怒りは沸く。命を粗末にする者に対する強烈な怒りだ。  ペットたちが懐き始めたこともあって、余計だった。  私は動物の遺体を女官に用意させた布でくるみ、飼育小屋の手前へ埋め、手を合わせた。  これは早急に手を打たなければならない。  私自身のせいで無駄に殺される命が増えるという事実は、私にとっては最大のストレスだ。  それに気を休める間もなく命を狙われ続けるというのは、本当に心身が疲弊するのだなと改めて思い知ったというのもある。  このうえ妃妾(ひしょう)である夫人たちの嫌がらせも受けていたとしたら、むしろサラは、あの性格でよく耐えていたなと感心した。 (その心の拠り所が……ランスロットか)  私が必要としているのは彼の物理的な助力だが、サラはそうではない。本当の意味で、精神的な支えとして甘えていたはずだ。  そしてランスロット自身も、それは強く感じていたことだろう。 (これでは確かに……婚期を逃しても仕方がないかもしれないわね……)  私は、そこまで一個人にすがるつもりはない。  もちろん、辛くないと言えば嘘になるけれどね。  前世で私は仕事でいくらでもストレスを受けてきたし、うまいとまではいかなくても、なんとか受け流してきた。  命こそ狙われたことはないものの、ひやりとする場面はいくらかあった。  とはいえ、この世界での重圧は前世のそれとは違う。  多少は場慣れしているという自覚がある私でも、受けたことのない暗殺の不安はあるし、王位継承に対しての不安もある。  そのうえ、これ以上暗殺の回数が重なるとさすがに許容範囲を超えそうだ。 「せめて、もう少し眠れるといいんだけれど……」  初めて暗殺者を尚巳と見間違えた日から、私の眠りは日に日に浅くなっている。  夢見も悪いし、早めに就寝して翌朝ゆっくり起床しても眠れた気がしないのだ。  これもすべて、元夫のせいだ。  そこまで考えて、私は「でも……」と思い直した。 「眠れなくても、もう少し精神的負担は減らしたいかな……」  今は護衛であるソールの態度のほうも気になっていた。  ソールは自らが張る防護結界に絶対の自信を持っている。だが、あまりにも護衛対象者への配慮が足りなさすぎる。  私のことが嫌いなら嫌いでもまったく構わないし、その点は気にしない。  ただ休むことなく命を狙われるストレスを抱える私への思いやりは、欠片ほどでもいいので欲しいのだ。  言葉だけをみれば『護衛』とは単純に守ることではあるものの、対象者を『守る』という仕事は実はそれだけでない。  もちろん緊急時には守護が最優先事項であるとはいえ、ソールの場合はそれ以外の欠落が度を超している。  ただソールを見ていると、おそらくそういった知識は皆無だろうとも思える。  彼が警視庁警備部警護課(SP)に所属する一警察官だったら、同じ警察官として怒鳴りつけるところだが、そうではないのだ。  だが、そんなことを考えることもストレスになり始めたので、折を見て直接訴えると決めた。  当初は右も左もわからない世界で守ってもらっているのだから、文句を言うのは申し訳ない、王位継承問題が片付けば護衛も終了だろうと考えていた。  しかし護衛の仕事が仮に王位継承問題が無事解決するまでだとしても、その終わりはいつ来るのか。私はその問題を早期解決できるのか。  その光明が夜空の星のごとき一点でもいいので見えないかぎり、私は延々と我慢し続けることになる。  そこまで我慢するのは私の精神面にもよろしくないし、性に合わない。  正直な話、ソールの護衛がしんどいのだ。  そういう部分も含めて、できるだけ早い早期解決を目指したいものである。 (でも犯人が三人もいて、証拠もないじゃ捕まえるのも大変だろうから、それはおいおい進めるとして……。やっぱり自己防衛の力をつけるべきか)  そんなことを考えながら、私は日々の日課となった中庭ウォーキングをしていた。  二週間も歩くとさすがに体力が向上してきたようで、足腰にだいぶ筋肉がついてきた。心なしか、体も細くなってきた気がする。  ……うん。痩せたという感覚は多分に希望的観測が含まれているけれどね。  でもお願いだから、誰か私に「痩せましたね」って言って。嘘でもいいから。  それはともかく、私は二日前から腰に木剣を下げている。  腰から下げられるようにしてくれと再びランスロットに頼んだら、女性騎士が使用している革製の帯刀ベルトを持ってきてくれた。  そのうえ、さすがにウォーキングドレスの上から帯刀ベルトはおかしいだろうということで、女性騎士が使用している訓練服やブーツまで用意してくれたのだ。  サイズは大きめのものを選んでくれたようだが、着用時に少々キツかったという感想は、彼には内緒にしておこう。  これから先、痩せてゆけばいいだけの話だ。  ……ま、そこが一番難しいのもわかっているけれどね。  おかげでウォーキングしやすくなったし、素振りをするのも楽になった。  とはいえ、ランスロットの人の良さにつけ込んでいるようで申し訳ないと思う。  足を向けて寝られないとは、まさにこのことだ。  今度フローラに相談して、ランスロットへなにかお礼をしよう。 To be continued …… ――――――――――――――――――――――――――――――――― ●○●お礼・お願い●○● 最新話まで読んでいただきまして、ありがとうございました。 もし彩良のような気の強いオバサンでも応援するぞ! 異世界でがんばれ! ……と思ってくださいましたら、 ★応援と本棚追加をお願いいたします。 主に作者のモチベーションが異常にアップします(笑´∀`) ぜひお願いいたします!
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