89人が本棚に入れています
本棚に追加
屋敷へと戻る馬車の中で、アマリリスは遠ざかっていく城を見つめる。
彼女はこれまで第二王子の婚約者として恥じないよう毎日のように厳しいマナーの習得、レッスン、勉学をこなしてきた。それが今となっては無駄な時間だったように思えてきて虚しかった。
(私の何がダメだったんだろう。フォンティーナ様にあって、私にないもの…)
たくさんの事柄が浮かんできて自然とため息が出た。マナーの先生に見られたら注意されてしまうが、馬車の中にはアマリリスだけだ。
もう気にするのはやめよう。
もう城に来ることはないのだから………
と思っていたが、1週間後、急にルシアンの母である王妃に呼び出され、アマリリスはまた登城することになった。
「りりぃ、おそかったじゃないか!」
「???」
通された部屋で待っていたのは5、6歳くらいのふわふわの金色の髪の男の子だった。アマリリスに向かって可愛らしくプンスカプンスカ怒っている。
その隣には困り果てた顔の王妃が立っていた。
「王妃様、この方は?」
「ルシアンよ」
「えっ!?」
ルシアン王子は一昨日行われた夜会に出席した際、他国からやって来た魔術師同士の諍いに巻き込まれ、誤って幼児化する呪いをかけられてしまったらしい。
(そんなことってある?)
王妃によるとごく弱い呪いのため1週間もあれば元に戻るとのことだった。
「かあさま、もういいでしょう?ぼくりりぃと早く遊びたいんだ」
「………」
「この通り、あなたのことばかり話すのよ。リリィはいつ城に来るのか?って昨日からそればかり。だから申し訳ないけど元に戻るまで1週間ほど面倒見てくれないかしら」
「えっ……で、ですが私は先日婚約破棄された身ですし、新しい婚約者の方のほうが適任ではないでしょうか」
「それが人見知りしちゃって駄目なのよ。当時この子の世話をしていた乳母たちはもう辞めてしまっていないし、私は公務もあるからずっと一緒にはいられなくて困っているのよ。お願いできるかしら」
「はい…」
それ以上、王妃の頼みを断ることもアマリリスにはできなかった。
最初のコメントを投稿しよう!