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「アマリリス、無理に行くことはないからな」
父が招待されていた夜会。領地で少々問題が発生したため急遽父と兄は領地に向かわなければならなくなった。
恩ある伯爵夫婦が主催する夜会だったため急なキャンセルも失礼にあたる。
「お父様、大丈夫です。夫妻にご挨拶だけして帰ろうと思っていますから」
「……無理はするなよ」
そう言い残して、父と兄は馬車に乗り込み、急ぎ領地へと向かっていった。
(よし!)
アマリリスは侍女にお願いして夜会の支度を始める。
ちらりと、鏡台の上の花瓶に飾られた花を見た。ピンクと白の可愛らしいコスモスだ。今日の午前中、ルシアンに渡されたものだった。
花や装飾で綺麗に飾りつけられた広間。華やかな衣装を纏った招待客たちが、飲み物や軽食を片手に談笑する姿。
久しぶりの雰囲気にアマリリスは少し緊張していた。
ルシアンに婚約破棄され、面白おかしく噂されていたアマリリスはこういう場に出ることをしばらく避けていた。
「ねえ、あの方」
「婚約破棄の……」
「よく出席できたわね」
「新しい婚約者探しに必死なんじゃないかしら」
クスクスクス
もう半年以上経ってはいるが、第二王子からの婚約破棄はインパクトが強いのだろう。チラチラと視線を感じる。相変わらずアマリリスは噂のまとになっているようだ。
あまり居心地のいいものではない。
夜会の主催者である伯爵夫妻への挨拶はすでに済ませてある。少し早いがもう帰ろう。
広間を後にし、人気の少ない廊下を歩いていた時だった。
「アマリリス嬢お久しぶりですね」
急に声をかけられたアマリリスは驚いて肩をビクッと震わせた。振り返ると見覚えのある黒髪の男性が立っていた。
この方は確か、主催の伯爵の甥にあたる人物。過去、伯爵夫妻と共に顔を合わせたことがあった。あまり話しはせず、物静かな印象だった。
「ダリオ様、お久しぶりです」
「覚えていてくださったんですね。光栄だ。今日はおひとりで?」
「ええ」
「それでしたら、少し一緒に話しませんか」
「せっかくですが、もう帰るところでして」
「そう仰らずに、少しの時間でいいですから」
そう言うとダリオはアマリリスの腕をぐいっと掴んだ。
「ダリオ様!?」
ダリオからは酒のにおいがした。少し酔っているのかもしれない。
「月が綺麗に見える場所があるのです」
「も、申し訳ありません。馬車も待たせておりますので」
断ってもダリオはアマリリスの腕を離さず、どこかへとぐいぐい連れて行こうとする。掴まれた腕が気持ち悪く、鳥肌が立つ。
(こ、困ったわ)
あまり大きな声を出して騒ぎにしたくなかった。
「婚約破棄されてお寂しくありませんか。俺だったらそんな思いはさせませんよ」
酔いがまわってきたのか、呼吸が少し荒く、目が据わっている。
廊下には相変わらず人気がない。
さすがにアマリリスも恐怖をおぼえた。
「は、離してください」
(っ怖い、誰か…)
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