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「よしできたわ!」
アマリリスの手には刺繍の施された1枚のハンカチがあった。
ルシアンから毎日贈られる花束と、そして先日の夜会で助けてもらったお礼も兼ねてアマリリスは刺繍入りのハンカチをルシアンに贈ることにした。
図柄は悩んだけど、結局アマリリスの好きなマーガレットの花を刺繍した。
(こんなもの喜んでくれるかはわからないけど、感謝の気持ちは伝わるかしら)
今日は夕方に花束を持ってくるとルシアンから聞いている。しかし今はまだ午前中、作り終えたアマリリスは早くハンカチをルシアンに渡したくて仕方がなくなった。
(…城に行ってみようかしら)
もし忙しくて会うのが難しそうだったらすぐに引き返せばいい。夕方には会えるのだから。
思いきって城を訪れたアマリリス。
ルシアンは所用で席を外しているが、すぐに戻ってくるという。
客間で待たせてもらうことになり、そこまで使用人に案内してもらう。その途中、応接間の前の廊下を通っているとふいにガチャリと扉が開いた。
「?」
中から出てきたのはフォンティーナと…ルシアンだった。
(どうして殿下とフォンティーナ様が?)
「では殿下、失礼します」
「ああ」
そこでフォンティーナはアマリリスに気がついた。彼女はクスリと笑ってすれ違っていった。
その後、ルシアンが廊下に出て、そこでやっとアマリリスがいることに気がついた。
「アマリリス、どうした?」
若干気まずそうな表情を見せたルシアンだが、すぐに取り繕い、笑顔になる。
「…お忙しいところにすみません」
アマリリスは上手くルシアンの顔を見ることができなかった。なぜか胸がズキズキと痛む。
(どうして今さらフォンティーナ様と?)
「花束と、先日の夜会のお礼をお渡ししたくて。ハンカチに刺繍したんです。もし不要でしたら捨ててくださってかまいませんので」
「捨てるなんてとんでもない。アマリリスありがとう。とても嬉しいよ」
本当に嬉しそうに笑うルシアン。でもアマリリスはぎこちない笑顔しか返せなかった。
ルシアンはフォンティーナと別れたと言っていた。別れた相手とたまたま会う用事でもあったのだろうか。
それともアマリリスの知らないところで2人は時々会っていたのだろうか。
本当はルシアンに、フォンティーナにどんな用があったのか聞きたかった。
でもアマリリスは今、ルシアンの婚約者ではないし、例え女性と会っていたとしてもルシアンの自由なのだ。
結局アマリリスは怖くて聞くことができなかった。
もしかしたらルシアンの甘い笑顔は自分だけに向けられた特別なものではないのかもしれない……
いや、そんなはずは…
ルシアンを信じなければ。
そう思っても、胸の苦しさは屋敷に戻ってもしばらくおさまらなかった。
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