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次の日、アマリリスは朝からルシアンを待っていた。
しかし夕方になり日が暮れて夜になってもルシアンは現れなかった。今までどんなに忙しくてもこんなに遅くまでルシアンが訪ねてこないことはなかった。
(殿下、どうされたのだろう…)
急な仕事が入ったのかもしれない。でもそうであれはルシアンならアマリリスの元に連絡をくれるはずだ。
もしかして、昨日のアマリリスの発言が気に障って愛想を尽かしたのだろうか。
(まさかフォンティーナ様のところへ?)
アマリリスはふるふると頭を振った。
「遅くなってすまない」と言ってルシアンはきっと来てくれる。
本棚から一冊の厚い本を取り出し、ページを開いた。
そこには白いマーガレットの押し花が挟まっている。ルシアンが一番最初にプレゼントしてくれた花だった。
最初のころは、アマリリスへの気持ちなどすぐに冷めて、花のプレゼントもそのうちやめてしまうだろうと期待せずにいた。
でも今は、ルシアンに毎日花束を贈られるのが嬉しくて、毎日ルシアンが訪ねてくるのを心待ちにしていた。
夜がどんどん更けていく。
「お嬢様、そろそろ就寝の支度をしませんと」
2階の自室の窓辺からひたすら屋敷の入り口を見ているアマリリスに侍女が声をかけた。
「もう少しだけ、起きてるわ」
「…かしこまりました」
夜もすっかり更けてしまった。
いつもならアマリリスも寝る時間だった。
もう今日は来ないのかもしれない。
でも今日、来ないということはそれがそのままルシアンの答えになる。
胸が締め付けられるように苦しい。
(こんなことになるなら私も素直に殿下に気持ちを伝えておけばよかった…)
もう自分への気持ちは残っていないかもしれないけれど、明日城に行って謝罪だけはしなければ―――
その時、外から物音が聞こえ、窓から馬車が屋敷の入り口に止まったのが見えた。
「つっ…」
アマリリスははしたないのも気にせず、屋敷の玄関へと駆けていく。
玄関にはルシアンが立っていた。
その手にはいっぱいの白いマーガレットをもっていた。
「アマリリス、遅くなってすまない。花を用意するのに時間がかかってしまったんだ」
「!」
花束はそれだけではなかった。
ルシアンの後ろから色とりどりの花が屋敷の中に次々と運ばれてくる。
「僕の気持ちがアマリリスに伝わってなかったのなら、もっとわかりやすい形にしようと思ったんだ。僕の気持ちと同じくらい花を用意しようって。でも集めても集めても結局全然足りなかった。
アマリリス、僕の想いはここにある花でも到底足りないくらい大きなものなんだ。
それくらいアマリリス、君のことが大好きなんだ」
いつの間にか玄関ホールはアマリリスの足元の辺りまでルシアンが用意した色とりどりの花で埋め尽くされていた。しかもまだ入りきらず使用人が手で持っている分もある。
この寒い季節にこれだけの花を用意するのはきっと大変だったに違いない。
「っ殿下、もう結構です」
「……え?」
アマリリスの言葉を拒絶と受け取ったルシアンは一気に顔色が悪くなる。
「殿下のお気持ち十分伝わりましたわ。疑うようなことを言ってごめんなさい。私でよければもう一度婚約してくださいませ」
アマリリスの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「っアマリリス、本当かい?」
「ええ。殿下、私もお慕いしています」
瞳から次々とこぼれ落ちる涙をとめることができない。
「嬉しい!アマリリスっ、ありがとう!」
ぎゅうっとルシアンはきつくアマリリスを抱き締めた。
「アマリリスっ、もう離さない…くっ…うっ…」
いつの間にかアマリリス以上に身体を震わせルシアンは号泣していた。
困ったような泣き笑いの表情を浮かべ、アマリリスは彼女を抱き締め続けるルシアンの背中にそっと優しく手をそえた。
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