再生への一歩

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今回のドラマの内容は今絶大な人気のある好感度抜群の女優、笹原文音(ささはらあやね)が主演を務める内科医が終末期を迎える患者やその家族、緩和ケア病棟の同僚や上司などとの関わりを通して緩和ケア医として成長していくヒューマンドラマだ。 それに出演が決まっている桐谷(きりたに)瑞希(みずき)は同科の看護師役らしい。同じ事務所で祈織とは高校時代からの友人、今注目されている若手タレントだった。 いわゆる芸能科がある高校なので友人は何かしら芸能界にいる人間だが、その中でもかなりの注目株であることは否めない。 テレビの中の瑞希は明るくアイドルのような甘い顔だちで中高生に人気がある。中高生向けの深夜帯恋愛ドラマでは主役の一人に抜擢されたこともあるが、今回のような本格的なドラマになると2、3番手として起用されることが多かった。 その瑞希のバーターではあるが、祈織の役どころは少し難しい役だった。 水上麗子は若い頃は笹原文音と同じくらい引っ張りだこの女優で、抜群の演技力と美貌で今も人気は高い。 今回はステージ4のがんを患っており、治療薬の副作用でせん妄(意識障害)から若年性認知症と診断されてしまった余命2か月の母親を演じる。祈織はその母を支える高校生の息子役だ。 現在二十二歳とはいえ、どちらかというと童顔の祈織はいまだに高校生の役が多い。とはいっても演技する主役の後ろにいるようなその他大勢の役どころばかりだったが。 一言セリフがあればまだマシだ。エキストラの仕事ばかりが増え、役者と名乗ることが恥ずかしいくらいバイトに明け暮れる日々が続いていた。 そんな祈織ではあったが、最初からそうだったわけではない。 これでも中二の頃デビューして高校生の頃はそれなりの仕事を貰えていた。それこそ瑞希が祈織のバーターであったほどに。 だが、とある事件に巻き込まれたことがきっかけで祈織はちゃんとした役につくことが難しくなった。 だからこそ、このチャンスに縋りつきたい。 祈織は安達が送ってくれた資料に目を通しながら熱い思いを胸に抱く。 抜かりのない安達はドラマの資料だけでなく、それに役立つようなせん妄や認知症、がんの基礎知識などの資料も送ってくれていた。 それを夢中で読みふける。 冷たい風がコートをめくり、スマホを持つ手がかじかむのに顔を上げて辺りが暗くなりはじめていることに気づいた。 「っ……4時!?」 今日のバイトは4時半からだ。祈織は慌ててスマホをコートのポケットに突っ込むと人並みを脱ように走り出す。 11月半ばだというのに街のショーウインドウや街路は既にクリスマス一色になっている。少し前まではどこか浮かれるその景色を冷めた目で見ていたはずなのに、今日は流れるクリスマスソングも煌びやかな電飾も鮮やかに心を湧き立たせてくれる。 「……頑張らなきゃ」 弾む思いで木枯らしの吹く寒々しい街を駆けた。
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