夢じゃない

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「祈織さんはあの日、俺の想いも持っていった」 とくとくと伝わるハートビート。一眞は祈織を見つめ柔らかに笑った。 「……俺は祈織さんが好きです」 記憶をなくした一眞から何度も聞いたそのセリフがまるで初めてのように鼓膜を震わせ、じわりと祈織の脳に心に入り込む。 始まりは記憶障害だった。 一眞が勘違いしたことをいいことに恋人だと名乗り、あまつさえこんなところまで攫った。 「あの日あの瞬間から 、俺は祈織さんに全部攫われたんです」 ぎゅうと苦しいくらい抱きしめられ、土砂降りの雨のように祈織の瞳から涙が溢れた。 「……一眞っ……」 祈織の涙が一眞の服を濡らしていく。 「ごめんっ……一眞が好きだ……」 「なんで謝るんですか、謝る必要なんてないでしょ?」 一眞が怒ったように祈織の肩を掴んで見つめる。 好きだという気持ちは恥ずべきことではない。 誰に遠慮するものでもない。 祈織は飴色の瞳を揺らし一眞を見つめた。 「好きだよ、どうしようもなく一眞を……」 何もかもすべてを。 「うん、俺も」 ぎゅうぎゅうと抱きしめる一眞の腕は夢でも幻でもなくほんもの。お互いが自然に惹かれ合うように唇を重ね微笑んだ。 「責任取ってよ、祈織さん。……俺、どうしても祈織さんに会いたくて黙ってここに来ちゃ った」 「 えっ?」 驚いたような祈織の額にキスをする。 安達から面接結果を聞かされそのままタクシーを捕まえると東京駅から新幹線に飛び乗った。あの時祈織が一眞を攫ったように身ひとつで心が求めるままに。 新幹線で4、50分の距離がとてつもなく長く感じた。 柔らかなまなざし、甘やかす声。何度も好きだと告げてくれた真摯な態度。 あの時記憶のない中、まっさらな状態で一眞は祈織に恋をした。 勘違いから始まったことではあるが、それは確かに恋だった。 「俺、主役勝ち取れました。このこと、どうしても一番最初に祈織さんに伝えたくて」 「っ! おめでとう! すごい!」 「うん、ありがとうございます。はー……なんか伝えたらようやく本当に取れたんだって実感がわいてきました。明日、スポンサーに挨拶に行きます」 「! だったら帰らないと。駅まで送るよ」 祈織は慌てて車のキーを見せる。 「ううん、大丈夫。明日あさイチの新幹線で帰れば間に合うから」 「でも、」 「祈織さん。……今日だけは一緒にいたいんです」 一眞はそう言うと祈織の右手を取り腰を引き寄せる。そのまなざしの意味を理解できないほど子供ではない。 「っ……」 「祈織さんのこと、もっと感じさせて」 ぎゅっと握りしめられた掌が熱い。焦がれるほどに傍にいたい。 祈織はその手を握り返した。
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