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「バイト先も近いですし、しばらくは様子を見に通おうかと思ってます」
祈織は誰に聞かせるわけでもなくそう言った。それに鷹司が頷く。
「それは助かる。一眞は祈織に懐いていたし、佳臣はしばらく瑞希につくから俺も時間がある時は来よう」
そうすれば一眞も思い出すかもしれないし、と言う鷹司の言葉に顔を上げた。
「安達さん、瑞希につくんですか?」
「不本意ながら次のマネージャーが決まるまでです」
「えっ……瑞希さんのマネージャー、またやめちゃったんですか?」
渋い顔をする安達に倫太朗が驚いたように声を上げる。先日、マネージャーが急遽おらず祈織が駆り出されたのはそういった理由だったのかもしれない。
「そうなんだ、全く瑞希には困ったもんだ」
鷹司はやれやれと首を振って肩を竦めた。
瑞希のマネージャーがやめるのはこれで何人目だろう。我儘放題、無理難題を押し付けては楽しんでいると言う噂はあながち独り歩きではないのかもしれない。
「祈織くん、一眞くんには急にたくさんの情報を与えると余計に混乱するかもしれないので少しずつ教えてあげてもらってもいいですか?」
「もちろんです。あの、えっと……」
瑞希の事は何と伝えればいいのだろう。そう考えた祈織の思いなど見透かしたように鷹司が続けた。
「瑞希の事は当面黙っていていいだろう。どうせ明日からしばらくは地方ロケでいないのだし……元々 一眞はノーマルなんだろう? 瑞希の事を忘れている今、お前は男と付き合っていたと言えば混乱する事は目に見えている」
あけすけな物言いに安達が視線を反らしてほんの少し気まずそうに眉を寄せた。その様に祈織は問いかける。
「あの、今日瑞希は……」
「……私と一緒に現場にいたので伝えましたが、明日早いということで帰りました」
「は!? マジで!? どういうつもりだよ、一眞がこんな時なのにっ……」
もともと一眞と瑞希の付き合いにあまりいい感情を持っていなかった倫太朗は憤ったように声を荒げた。
「軽傷ということを電話でも聞きましたし、専務がおっしゃったように明日からは地方ロケです。そちらを優先したのはプロとしては仕方ないかと」
確かに記憶を失っているなどと思うはずもない。祈織の送ったメッセージも既読スルーになっていた。
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