記憶喪失

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「確かにそうかもしれんな。……佳臣、悪いが明日までに一眞の仕事のリスケやキャンセルを下のスタッフに引き継いでおいてくれ」 「承知しました。しばらくは休養ということで関係各所に伝えるよう指示いたします」 「ああ、仕方ないな。今が一番大事な時だって言うのに」 困ったもんだと鷹司は頭を振る。少しずつブレイクしてきている今、休養となると確かに痛いが、こればかりは仕方がない。 そうして医師の診断はやはり事故による一時的な記憶障害という事で一眞にも伝えられた。 一般病棟に移された一眞はやはりいろいろなことがあったせいか今はもう眠っている。病室をそっと覗くとカーテンの開け放たれた窓の向こうはまだ暗いが既に朝の時間帯になっていた。 「祈織くん、車で送りますよ」 ようやくことが落ち着いたということもあり、安達や鷹司は戻るらしい。倫太朗も眠そうに鷹司に送られていった。 「あの、俺はもう少しここにいます。始発が動き出したら電車で帰るので大丈夫です。それより安達さんは今日も瑞希のマネージャーとして地方に行くんですよね? 安達さんこそ少しでも休めるように早く帰ってください」 「……ありがとう」 安達はふわりと微笑むと祈織の頭を撫でた。たまにこうやって子ども扱いしては優しくされる。それが心地よいような気恥しいような気持ちにいつもさせられるも、いやではなかった。 「では明日から一眞くんのことを頼みます。明日は一眞くんのご両親も来られますし、事務所のほかのスタッフも来てくれますからあまり気負わないように」 「はい」 安達は少しだけ心配そうに帰って行った。 祈織は音を立てないように一眞の病室に入る。眠っている顔をそっと伺えば、いつもよりもどこか幼くてあどけない。 記憶は一時的に失ってしまったが、軽傷でそれだけで済んだことは奇跡だ。ネットニュースで見たところ、一眞が避けた車は店舗に突っ込んで大破したというし、その場にいた何人もほかの病院に運ばれ重体、重傷の人もいるらしい。思った以上に大事故だった。
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