記憶喪失

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「本当に良かった……」 今更ながら体が震えてきた。祈織は一眞の体温を確かめるようにその手に触れる。 温かい。 それにホッとしてぎゅっと握りしめれば一眞の眉間にしわが寄って、長い睫毛がふるりと震えた。 どきりとすればその瞳と視線が合う。 「ご、ごめん、起こしちゃった?」 「……お前まだいたの」 「あ、うん」 どこか痛むのか眉をひそめて憂鬱気にため息をつくのに祈織は手を離した。 「……お前の手、随分冷たいな」 自由になった手を持ち上げてそれをじっと見つめる。 「ごめん、俺、末端冷え性みたいで、触ったから冷たくて起きちゃったよね」 「……別に。冷たくて気持ちよかっただけだ」 薬が効いているのか眠そうに一眞の瞼が落ちていく。それに祈織は声を潜めて布団をかけなおした。 「まだ寝てていいよ。ずっとここにいるから」 「……暇なの?」 目を閉じたままくすりと笑う一眞が元気そうで嬉しかった。思わず胸がいっぱいになる。 「うん、そうだね」 声が震えて堪えたつもりの涙がこぼれる。 夢現なのか一眞はうっすらと目を開けて祈織の頬に触れた。涙が指先を濡らしていく。 「……なんで、泣くんだよ」 「ごめんね、……心配だったから安心したんだ」 一眞が祈織を覚えていなくてもこうやって目の前にいてくれることに。 何かを言いたげに呟くも眠りの淵に吸い込まれるように祈織の頬から滑り落ちていく一眞の手を握る。 「……なに、それ……」 「……ゆっくり眠っていいよ」 「……」 子供がむずがるように眉を寄せ、だけども抗えず一眞は眠りに落ちた。 祈織はただその姿を見つめて涙をこぼした。
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