偽りの恋人

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「なんなんだよ……」 不服そうな一眞に祈織は笑って側の椅子に腰かけた。 「叩かれたとこ、大丈夫?」 「……まぁ、大丈夫です」 不服そうに口を尖らせる一眞が可愛くて笑みを濃くすればきゅっと唇を引き結ばれてしまった。祈織は話題を変えるように一眞に仕事の話や自分や倫太朗との関係を話して聞かせた。 「じゃあ祈織…さん、とは結構長い付き合いなんですね」 「うん、先輩後輩ではあるけど仲良くしてたよ。うちはアットホームな事務所だから社長も気さくだしね。あ、きっと後で来てくれるから」 「……祈織さんのこと、記憶がなくなる前の俺は大好きだってあいつ……倫太朗でしたっけ、言ってましたけど、」 「えーっと、先輩として慕っていてくれたっていうか」 「うちのクソ親父もあんた、いや、祈織さんに憧れて芸能界入ったって言ってたし」 「えっと、別にあんたでもお前でもいいよ?」 あまりにも呼びにくそうで、祈織は苦笑いしてそう言った。 「いえ、……その、年上で先輩なのに失礼なこと言ってすみませんでした。祈織さんって呼ばせてもらいます」 一眞はきっぱりとそう謝ってまっすぐに祈織を見つめる。その潔さがかっこいい。記憶を失っても一眞は一眞だ。 「……うん」 嬉しくて祈織は笑った。それに一眞が少しだけ赤くなる。 「で? 俺が芸能界入ったきっかけ教えてくださいよ」 どうしてもそこが気になるらしい。 祈織は自分から言うのも恥ずかしいが、仕方がないと口を開いた。 「俺ね、3年くらい前まではそれなりに売れてたんだ。今ではさっぱりなんだけど……一眞の叔父さん、お父さんの弟さんが東京にいて、映画配給会社に勤めてらっしゃるんだって聞いてる。その叔父さんの会社が作っていた映画に俺が出演したことがあって、たまたま高校一年生の時に撮影を見学に来た一眞が俺の演技を見て、その、すごく感動してくれたんだって。それで芸能界に入りたいって決心したって……聞いてます」 「マジか……」 自分がきっかけなど奢っているようで恥ずかしくて思わず敬語になる。 「えっと、倫太朗とかにも話していると思うから疑うんだったら聞いてみて」 「別に疑ってませんよ。祈織さん、そういう嘘つきそうにないし」 考えるようにそう呟く一眞にどきりとする。 「そうか……、俺、芸能人なんだ」 一眞は自分の掌を見つめて静かにそう呟いた。捻挫した足や頭に巻かれた白い包帯が痛々しい。 「今日は事務所の他のスタッフさんも来てくれるはずだから自分が出たドラマとか見てみれば思い出すかもしれないよ」 祈織は立ち上がって冷蔵庫から一眞の好きなお茶を差し出した。夜のうちに買っておいたものだ。
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