偽りの恋人

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『ごめんな、で? なんだっけ?』 「……瑞希、今どこにいるの?」 『ん? 宮崎に決まってんだろ。今から出演者のみんなで飲みに行くんだよ』 嫌な予感は当たり、どうやら繁華街にいるらしい。 「一眞がこんな状態なのによく遊びになんか行けるね」 思わず口をついて嫌味が漏れた。 『しょうがねぇじゃん、付き合いだし。……そのくらいお前にだって分かるだろ?』 この業界は意外と上下関係の厳しいスポーツ界のようなところもある。瑞希の今回のロケは芸人が多く出ているバラエティ旅番組で、芸能界の先輩の誘いをそう無下に断る事は出来ない。 祈織とて曲がりなりにもそういう世界にいるのだ、そんな事は分かっている。 だが、それでも腹が立つのはきっと瑞希だからだ。一眞が好きな瑞希だから。 普段から一眞がそういうことに関して何も言わず寛容にしているからこそ、瑞希はその上に胡坐をかいている気がしてならなかった。 『事故ったっていうけど大丈夫だったんだろ?』 「……記憶がないんだよ。瑞希の記憶も俺たちの記憶も。ここ最近の仕事のことも自分が俳優だってことすら忘れちゃってるんだ」 『安達から聞いてるけど、それ本当なのかよ。あいつ、俺と出かけに喧嘩した腹いせじゃねぇの?』 お気楽な瑞希の言葉に猛烈に腹が立った。 「そんなことあるわけないだろ?」 『……そんな怒るなよ、冗談だろ。悪かったって』 祈織の静かな怒りを感じたのか、瑞希は一瞬黙って謝った。 「……とにかく記憶障害で普段の生活の事以外、まったく記憶がないんだ」 『……最悪じゃん』 瑞希はそう言って押し黙った。背後から聞こえる喧騒だけが遠く聞こえてくる。 『祈織、一眞が大変な状態だってことは分かった。だけど、俺はそっちに帰れない。 ……悪いけど俺に代わっていつもみたいにあいつの面倒みてよ』 「……分かった」 溢れくる怒りをどこにぶつけたらいいか分からなくて祈織は拳を握りしめた。 瑞希が帰れない事くらい百も承知だ。 瑞希がいない時、一眞といるのはいつも祈織だった。 「……一眞の事は俺が責任を持って面倒を見るよ。だけどそれは瑞希の為じゃない、一眞の為だ。……忙しいところごめんね」 最後は捨て台詞のように嫌味っぽくなったが、それだけきっぱりと言うと祈織は返事も聞かずに電話を切った。 そう、一眞の為だ。 祈織は自分がやりたくて一眞の面倒をみるのだ。瑞希の為ではない、瑞希に言われたからではない。 瑞希が祈織の事を信頼しきっている事にどうしようもなく腹が立った。お前などライバルにすらならないと思われているようで。 普段は穏やかな祈織は稀にみるどうしようもない怒りを鎮めようとぎゅっと拳を握りしめて大きく深呼吸をした。
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