君を攫う

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君を攫う

「はーい、今開けまーす!」 コンコンコンとノックをすれば中からそんな声が聞こえる。ドアが開いて満面の笑みで瑞希が出てきた。 「祈織?」 「元気そうだね、瑞希」 「……おかげさまで。なーんだ、笑顔作って損した、入れよ」 テレビ局の瑞希のための控室だ。 猫を被ってる瑞希は同じ番組の出演者にはすこぶる愛想がいい。きっと番組の出演者だと思ったのだろう。 そっけなくなった瑞希に続いて控室に入れば瑞希はどさりとソファに座った。そして外していたらしいヘアピンを取り付ける。 「で? どーしたの、わざわざこんなとこまで」 「……明日、一眞の退院だから少しでも顔出せないかなって」 「あー……明日も撮影入ってんだよね。悪いけど祈織代わりにやっといてよ」 「……明日、休みだろ?」 瑞希のスケジュールは安達に既に聞いている。祈織の顔をじっと見つめて瑞希は笑った。 「わかってて言わないとか、祈織も結構性格悪いんだな」 「瑞希」 「説教はいらねーし。あのさぁ、お前も芸能界長いんだからわかるだろ、年末進行中、すごい久しぶりの休みなわけ。俺だってたまにはゆっくりしたいの。それに午後からは人と会う予定入ってるしね」 瑞希はそう言いながらも美顔ローラーでフェイスラインを念入りにマッサージしている。祈織はそのそばに立ったままため息をついた。 「……一眞はお前の恋人じゃないか」 「一眞ならわかってくれるよ」 堂々巡りだ。 確かに一眞はわかってくれるだろう。年下なのに心の広いおおらかな一眞を思い出す。 記憶障害で自分のことを忘れてしまった恋人の記憶を取り戻したいとは思わないのか。 祈織だったら自分を忘れてしまったことにショックを受け、何がなんでも思い出させようとする。 もしくは祈織と逆なのだろうか。一眞が自分を忘れてしまったことがショックで、自分を見ても思い出さなかったらと会うのが怖いのだろうか。 だが、これはあんまりだと思う。怪我をした時くらい時間を見つけて少しでも寄り添ってやってほしいと祈織は思ってしまうのだ。 「……大切にできないなら俺にちょうだい」 つい口から出た言葉に瑞希の手が止まり顔を上げる。
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