君を攫う

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そうして盛大に噴きだした。 「ふはっ……今更かよ。あの時興味ないって言ったクセ、取られたら惜しくなったって?」 珍しく祈織に一眞と付き合っていいかと聞いた時のことだ。 あの時の祈織は勇気がなかった。自分の気持ちを認めてやることもできなかった。 でも、今は違う。 一眞のことが大切だから悲しんでほしくない。これ以上恋人だと嘘をつくこともつらい。 このままでいるわけにはいかないのだ。 「……どうとでも取っていいよ」 「へぇ……」 目を細めてにやりと祈織を見つめる。そうして瑞希は言い放った。 「いやだね、あいつ俺のだもん」 「っ……瑞希」 その時だった。ノックの音がして祈織は言葉に詰まる。 「出てよ、祈織」 立ったままの祈織にそう言う瑞希にムッとしながらもドアを開けた。 「おはようさん~瑞希くん、って、あれ? マネージャーさん変わった?」 ここ最近人気になってきた若手のお笑い芸人だった。 「あー酒井さん、おはようございます! 前のひと急にやめちゃって……それよりどうしたんですか?」 祈織を瑞希のマネージャーだと誤解した芸人に祈織はおはようございますと頭を下げた。瑞希はにこにこと笑顔で立ち上がると祈織を押しのけるように芸人の前に立つ。 「大御所さんに一緒に挨拶行けへんかな思て誘いに来てん」 「わ! ありがとうございます! 僕一人だと緊張しちゃうから酒井さんが一緒なら助かります! ちょっと準備するので待っててもらえますか? 僕、酒井さんの部屋に迎えに行きますよ」 瑞希の言葉に芸人が承諾してドアが閉められる。 「……ってわけだから」 瑞希は愛想のいい笑みを消すとさっと髪を直し始めた。 「……変わったね、瑞希」 「何、誰目線だよ」 ハッと瑞希が笑う。 昔はこんなではなかった。どこか擦れたようなところはあったが、誰かに媚びたりするようなことは嫌っていたし、もっと一生懸命でこんな風に自分の思い通りに事を進めようとする人間ではなかった。 祈織はもう何を言っても無駄だと分かり帰ろうとドアを開く。 「祈織、俺の代わり、よろしくな」 振り返ればにっこりと微笑む瑞希がいた。 祈織は黙ったまま部屋を出る。楽しそうに笑う瑞希の声を背にしながらぐっとこぶしを握り締めた。
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